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北陸編

北陸編(その1)岐阜県神岡町「居酒屋ちんかぶ」

北陸担当の寺嶌です。私はその土地で20年以上営業を続けている店を紹介していきます。土地に根付くと言うことはコストパフォーマンスばかりでなく、その土地の人々の舌に合わせて育ってきた結果であると考えるからです。どうぞ、歴史の味もお楽しみ下さい。

北陸地方塾講師 寺嶌圭吾


居酒屋ちんかぶ
〒506-1111 岐阜県飛騨市神岡町東町575番地 渚ビル1F 
TEL:0578−82−5507
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〜神岡鉱山が生んだ味。 それは・・・スープの表面に薄い膜が張る不思議なラーメンなのだ!!〜

経営者、多斐紀子さんにお話しを伺った。
今から50年以上前、三井鉱山神岡精錬所の全盛期は三万人に迫る人口があり、いくつもの映画館が繁盛していたそうだ。その鉱山町に居酒屋「ちんかぶ」は生まれた。
「ちんかぶ」初代店主、多斐紀子さんがお酒の〆にふさわしい「支那そば」 を作りたいと、常連さんとラーメンを食べ歩き改良に改良を重ねて作り出した。

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最初の味は、鶏がらスープとさば節出汁のさっぱり味、細打ちちじれ麺だった。現在の味になったのは三十年位前。豚のゲンコツと飛騨牛の骨を更に加えてコクのある独特の味に進化させた。この味になった歴史には、東洋一と言われた亜鉛の鉱山にありました。
「三井鉱山神岡精錬所」の坑道は地下1000メートルに達し、全長は全ての坑道をつなげると東京都心から鳥取市までの距離に匹敵するという。その抗夫として在日の方や朝鮮半島から多くの人々がきて働いていらっしゃいました。当然、居酒屋「ちんかぶ」にもラーメンを食べにいらっしゃいました。彼らはダルマストーブの上に鉄板を置き、持ち込んだ牛のテッチャンをのせて食べていたそうです。
毎日力仕事を続ける抗夫には、何をさておいても「力の出るラーメン」が必要だった。その彼らから豚骨や牛骨を使うスープのヒントを得ました。今でも牛ホルモンは飛騨の名物である。多く余る牛骨に目を付け、これでもかと溢れるほど寸胴に入れる。

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あとはひたすら煮る。これが元のスープです。上にうっすらと膜が張っています。この膜こそこのラーメンの特徴。薄く張った膜は 、和食の湯葉のよう。
薄い膜が張る不思議なスープ!大量生産は難しいけど味に深みのあるスープです。

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その後、麺も再度スープに合わせて試行錯誤のすえ、現在の「歯ごたえのある細打ちちじれ麺」になったのです。
お店のある神岡町はノーベル物理学賞を受賞された小柴先生がおつくりになったスーパーカミオカンデで有名です。

北陸編(その2)富山県富山市「まるたかや」

まるたかや
富山市牛島本町1-1
TEL:076−432−6127
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富山は、ラーメン王国なのかもしれない。

昭和6年には、すでに30軒程のラーメン屋台が有ったという。
今でも、生蕎麦の暖簾をくぐって入っても、お店のお品書きにはシッカリ、ラーメン又は中華そばの文字。

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富山で40年以上愛されてきたお店と言えば「まるたかや」がある。
このお店には、私も学生時代よく通った。7、8人も入れば一杯で、外にあるベンチか立ち食いとなる。それでも入りきらず、窓から出して頂いた中華そばを急いでほおばったものだ。
「ニンニク 脂 いっぱい入れて!!」
こってり好きの学生に、焼き豚を一枚サービスと入れてくれた、お爺ちゃんの顔が浮かぶ。
そのころ、「まるたかや」は、富山市民体育館の近く、富山駅との間にあり、バレーボールの試合に負けた後、監督に怒鳴られ全員無言で掻き込んだ思い出がある。
ここの中華は、揚げ玉(脂かす)を入れてこってり具合を調節する。

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揚げ玉とは、豚の背脂を細かく切って、ラードでカラリと揚げたもの。カリカリとして、歯が立たないくらい固いが、スープに馴染んでトロリとしてきたころ、麺と一緒にガツガツ掻き込む。いま、これだけ太っているのはこの時の油の揚げ玉のせい。

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それと、その頃のチャーシューはバラの角切り。親指大の角煮のようなチャーシュー。お爺ちゃんの気持ちしだいで増えたり減ったりした。何枚はいるか、手元をジーッと睨んでいた自分を思い出すのは辛く恥ずかしい。

「まるたかや」は、煮豚醤油、鶏ガラの一品勝負のお店(塩や味噌ラーメンは存在していない)。
そんながんこなお店に、何故かおでんがある。畳半分は有ろうかという角鍋に、溢れんばかりに入っている。
中でも、豚バラの串が評判。通はただ「串」という。二センチ角のバラがきっちり串に行儀良く並ぶ。多くの人が 豚バラ串五本に味噌タレと和辛子をつけてたべる。

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さて、最近「まるたかや」さんも多店舗展開を始められ、県内に七店舗ある。そのせいばかりでも無いが、この「まるたかや」の麺、昔はザラザラ感と小麦の香りが強かったが、最近行ってみると、いつの間にかツルツルした麺に変わっていた。チャーシューもバラの角切りからバラの糸巻きチャーシューへ。そして糸巻きをしない豚肉へと変わったようだ。
スッキリして食べやすくなったという仲間もいるが、昔の爺ちゃんが指をつっこんで出してくれたしつこい味が好きなのは、年のせい?


北陸地方塾講師 寺嶌圭吾

北陸担当の寺嶌です。私はその土地で20年以上営業を続けている店を紹介していきます。土地に根付くと言うことはコストパフォーマンスばかりでなく、その土地の人々の舌に合わせて育ってきた結果であると考えるからです。どうぞ、歴史の味もお楽しみ下さい。

北陸編(その3)富山県富山市「末弘軒」

『末弘軒』
本店:富山市総曲輪4-6-9
TEL:076-421-7017

藤ノ木支店:富山市大島2-129
TEL:076-422-0367

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末弘軒の歴史は、昭和6年に始まったと聞きます。現在は、三代目山口一弘さんも一緒に働いておられます。

二代目、山口稔さんに初代の頃の話を伺いました。

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父が屋台をひき始めた昭和6年当時、すでに30台ほどの屋台が富山中心地区二平方キロ内に営業をしていた。そのころは、まだラーメンという名前も認識もなかった。その上、日本人の食べるべき物ではない等の心ない言われ方もしたそうだ。そこで日本蕎麦と区別する意味で支那ソバとよばれ、一段も二段も下に見られていた。一杯10銭の商いだったにも関わらず、一晩中屋台をひいて、たった9杯の売り上げしか無かったことも有ったと聞く。それでも、嬉しいことに「末弘軒」の名前は、当時この屋台を愛するお客様から他の店と区別する意味で送られた。
その後、昭和11年に現在の場所に店を構える事になりました。当時、この場所は柳の下通りと呼ばれており、以後現在に至るまで末弘軒と言うよりは柳の下と呼ばれ愛されています。少なくとも、私が記憶している昭和30年代には、富山城へ続く通りに柳の下通りと呼ばれる通りがあり、その前には直径60センチほどの柳の木が何本もあったと記憶している。
ここの麺は、中細チチレ麺。すべて自家製手打ちにこだわっておられます。

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したがって、丼の中には、太さ・縮れ方の違う麺が混在しています。スープは、鶏ガラ・煮干しの透明アッサリスープが、私の知る限り40年以上引き継がれている。
透き通ったスープは上品なオスマシ。ほとんどのお客さんは女性も含めて飲み干して帰られます。 私ばかりでなく、来店されるほとんどのお客様がワンタン麺を注文されます。

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シコシコと歯ごたえがある麺と箸では摘めないほどトロトロになる薄皮ワンタンのコントラストに、一杯の幸せを実感する。

北陸編(その4)富山県富山市「南京千両」

『南京千両』
元町店:富山市元町一丁目三の十九
TEL:076-421-7097

蛯町支店:富山市蛯町四の六
TEL:076-425-9297

富山で育った九州ラーメン!!

富山では「他所のラーメンは育たない」と言うジンクスがある。
そんな富山で「九州ラーメン」と力強く暖簾に書いて繁盛し続けている店がある。
「南京千両」である。

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実は、私も子供の頃から「南京千両 元町店」へはよく通ったものだ。
元町店は昭和32年開業。もう50年経ったことになる。思い出せば、私が小学生の頃、スキー帰りに大盛りにするかワンタン入りにするか迷ったのも「南京千両」だった。
今日は「南京千両 蛯町店」で店主、飯田武司さんにお話しを伺った。

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昭和46年に開店された武司さんの蛯町店も、すでに36年も経っている。
ここで、前から思っていた疑問を武司さんへぶつけてみることにした。それは、九州博多育ちの友人が言った「この味は、博多の味ではない」の一言に対する疑問だった。
この疑問、今日、武司さんにお話しを伺って謎が解けた。
武司さんのお父さんは、富山県黒部市のお生まれ。お母さん輝子さんは、九州久留米市のお生まれ。輝子さんのお父さんは、その頃、専売公社の社員をなさっており、その関係で 輝子さんは幼い頃台湾で過ごされた。
耕作さんは戦後、奥様の里、久留米でラーメン屋台を曳きつつ輝子さんと共に、工夫を重ね、生まれ故郷富山に店を持たれたそうだ。
ちなみに久留米の名店「大砲らーめん」、香月均さんとは従兄弟同士とか。
「久留米ラーメンなんですね」と聞くと、「豚骨だけを用いているところは、久留米と同じなんだが、富山の味覚に合わせようと、両親とも結構工夫を重ねたんですよ」とおっしゃった。

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黒部市生まれ、お父様の富山味と、屋台で磨いた九州久留米の味、台湾で培われたお母様の記憶の味も加わり、南京千両の味が育っていったのだろう。
これこそ、アウェーの地、富山で「南京千両」が繁盛された理由か。
麺は、富山に合わせた中細縮麺。小麦の香りが生きる優れもの。
自家製ワンタンを用いたワンタン麺は 約五割のお客さんが注文する。

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北陸編(その5)富山県富山市「塩苅食堂」

「塩苅食堂」
富山県富山市梅沢町1-5-15  
電話421-6520

富山市の中心から、南へ2km。高校2校、小・中学校が集中している学生街がある。
学生街と繁華街のちょうど中間に、「塩苅食堂」がある。

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焼き芋屋さんとして戦前に創業。その後、手打ちのそば屋に。ラーメンを作り始めたのは戦後まもなくから。
そういえば 妻もよくお世話になったとか。
お昼は、サラリーマンの車が並び、夕方には学生の自転車が並ぶ。
この、前に並ぶ自転車を探す事は「美味しいお店」を探すときの鉄則。
又このお店は2時を過ぎても忙しい。近所のおじいちゃん、おばぁちゃがやってくる、地域の大切な食堂である。

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今でもラーメン一杯、驚きの450円。
張られた価格修正の紙が、茶色く焼けている。15年も前からこの価格を守っている証拠。値段を上げないのも心意気。
ラーメン、そば、うどんの種類だけでなんと33種類もある。

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一杯450円。
この価格を支えているのが、創業以来続けられている添加物ゼロの「自家製麺」。
冷蔵庫で二日寝かされる麺。毎日、天候と小麦粉の顔色をみつつ麺を作り続けている。
毎日130玉を打つ塩苅食堂の麺。実は、一玉の量が結構多い。店主、悦子さんの豪快な性格によると言う人もいる。細めの縮れ麺は、色白・モッチリ・ツルツル・・・。
最近、トッピングやスープの材料を自慢するお店も増えているが、ラーメンはヤッパリ麺が命。噛むと、何故か懐かしく、モチモチの麺からはシッカリ小麦を感じる。

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アッサリ、スッキリした味のスープ。しかし、香りに深いコクを感じる不思議。女子校生でもきっちり飲み干してゆく。
店主の悦子さんに聞いてみた。
鶏ガラベースの豚骨。ああ、この豚骨が鳥だけではない香りの素か。そして特製醤油。隠し味は、家族と私の笑顔と悦子さんは照れる。
この悦子さんの学生さんへの思いが、チョット多めの一盛りになってしまうのだろう。
大盛りを頼むと、私でもたどり着けない。
隠れたメニューは、チャーシューおにぎり。ぜひ、ラーメンは並盛りにしてチャーシューおにぎりまでたどり着いてほしい。
出前配達を止めてしまったお店が多い中、今でも出前をして頂ける。
おじぃちゃん、おばぁちゃんにも心強いお店だ。

北陸編(その6)富山県水橋大正町「昇喜堂」

「昇喜堂」
富山県水橋大正町2345 
電話076-478-0275

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漁師さんが集まる食堂がある。
一時過ぎから宴会が始まっていることもあるとか。
場所は、水橋漁港から三分。海の香りが、鼻をつく。かつては、川が横を流れていた。
漁師達は、真横に上陸し、そのままこの店で食事を楽しんだ。その名残が、店の前に立つ「浄土橋詰め」の石碑。今でも取れたての魚を土産に集まってくる。
石碑は、昭和45年で百周年とあるが、このお店は昭和25年の創業。

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父の代から高下駄はトレードマークと、今日もカランコロン。居場所が、すぐに判る。
この笑顔で今も一杯480円を守っている。

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お店の中には大きな鍋のかかったストーブが一台。刺し網にかかり、売り物にならない魚を持ち込んでくる。その一匹も無駄にせず煮る。150円のライスを注文すると、何か一品ついてくる。このアッサリと醤油と生姜で甘辛く煮込まれた魚は絶品である。
今日も1m余りの生きたサメが持ち込まれた。早速、刺身にして振る舞われた。鮮度が良いのでほとんどの人は、サメとは判らずに食べていた。

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この店のサービスはこれだけではない。どの机の上にも切った羅臼昆布がおいてある。富山の親爺達なら、この昆布だけで2合は飲める。

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ラーメンは意外にもアッサリスッキリ。ほのかに鳥の甘みさえ感じる。麺は歯ごたえモチモチ。一杯飲み干しても もう一杯いけそう。

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イラスト/花咲アキラ(「美味しんぼ」より)
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