醤油(その3)
牛肉には醤油が一番
雁屋〜前回、羊と醤油の話をしたけど、僕が思うのに、牛肉に一番よく合う調味料は醤油だよ。
小哲〜明治時代に、牛肉を食べようってことになったときに、醤油がなかったら日本人は獣臭くて食べられなかったと思うな。
雁屋〜そう。でも最初の牛鍋というのは味噌だよ、横浜でやったのはね。
小哲〜たぶん猪鍋の要領でやったんじゃないかと思うんだな。でも、結局はすき焼きみたいに醤油味になっちゃったもんね。
雁屋〜ステーキだって、僕の家でステーキを焼くときは、最後にブランデーをかけて肉が燃えるところを取り出して、鍋に残った肉汁とブランデーに醤油を足して、それをたれにして食べる。これがうまいんだよね。それから、僕が一番好きなのは、牛肉の佃煮。生姜と醤油で煮たやつ。あれは僕の家の常備菜なんだけど、牛肉っていうのはほんとに醤油が一番合うと思うな。
小哲〜うん、合うよね。僕は、若い頃はステーキは塩と胡椒に限るって思ってたんだけど、最近はバター醤油のほうがよくなっちゃった。なんたってバター醤油味の肉汁にご飯をからめて食べると、これがもう旨くてたまんない。で、結局、塩胡椒派から醤油派に戻っちゃった。
雁屋〜例えば、牛肉のすじ肉の煮込みってあるじゃない。いわゆる煮込み。あれは味噌仕立てのと醤油仕立てのがあるけど、醤油仕立ての方がはるかにうまいもんね。醤油で煮た牛肉っていうのは2、3日置くと香りがよくなっておいしくなるんだよね、つくったその日よりも。
小哲〜ああ、そうかなあ。味がしみこむってことじゃなくて?
雁屋〜そうじゃなくて、香りがね、熟れるっていうのか発酵するっていうのか、味がまた変わってきてすごくいい香りになる。
小哲〜へえ、そんなふうに変わるの。
雁屋〜すごくよくなる。煮てすぐ食べるよりも2、3日置いて食べた方がおいしい。
小哲〜味噌は強すぎて、牛肉の味を殺しちゃうんじゃないかなあ。
雁屋〜いや、そんなことないよ。うちは昔よく味噌漬けなんてやったけど、おいしいよ、あれは。
小哲〜そういえば、味噌漬け肉を炭焼きにするとおいしいもんなあ。
雁屋〜おいしいよ、殺しやしないよ。
小哲〜昔、江戸時代に、彦根の殿様は寒中見舞いとして、将軍や親藩に、なんと牛肉の味噌漬けを贈ってたんだって。だから、下々には肉食を禁じていたけど、お城の中では牛肉を食べていて、しかも味噌漬けだったというんだよ。
雁屋〜すき焼きは、みんな醤油を使うじゃない。だから、それに慣れちゃってるから、味噌仕立てはまずいんじゃないかと思うけど、そんなことはないね。味噌仕立ての汁の中に牛肉の薄切りを入れて食べてもうまいしさ。だから、牛肉と野菜を炒めて、そこに味噌を入れてごらん、うまいから。
小哲〜うん、それはうまいだろうな。
雁屋〜すごくうまい。だから、味噌が必ずしも牛肉に合わないっていうんじゃなくて、単にすき焼きが受けちゃったってことじゃないかなあ。すき焼きの場合は、たしかに味噌より醤油の方が軽快でいいもんね。
小哲〜塾長はすき焼きはあんまり好きじゃないって言ってるけども、でも好きなことは好きなんだね。
雁屋〜好きは好きだよ。ただ、外で、いわゆるすき焼き屋に行こうとは思わないな。もったいなくて、そんなの。自分の家でつくった方がうまいんだもん。いい肉で自分の家でつくった方がはるかにうまいよ。
小哲〜それは僕もそう思う。すき焼き屋だと仲居さんが砂糖をドバッて入れるじゃない、澄ました顔で。あれやられると、もう泣きたくなるよね。
雁屋〜とにかく、そういう風に、自分の家でつくった方がうまいものは外では食べない。これが原則だな。
小哲〜そう、家庭の幸福のためにもね・・・・・・・・
