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醤油(その4)

魚料理が美味しいのも醤油のおかげ

雁屋〜醤油だけど。僕らが魚をこんなに食べるようになったのは、醤油のおかげですよ。あなたはさっき焼き魚に醤油をかけちゃいけないなんて言ったけど、これは違いますよ。例えば、アジの干物だって、そのまま食ってもおいしいんだけど、そこに香りづけにちょっと醤油をたらすとまた味がおいしくなるんだよ。

小哲〜いや、おいしいのはわかるんだけど、醤油はなんでも同じ醤油味にしてしまうから、もったいない・・・・・

雁屋〜もったいないかもしれないけど、それはそれでまたおいしくなるのよ。特にちょっと味が落ちてるなあなんて思う魚は醤油をかけると……

小哲〜いや、そこは醤油のスゴイところだと思うんだな。早い話が、醤油は美味しすぎて困る・・・・・・・

雁屋〜とにかく、なぜ日本人がこんなに魚を食べるかっていったら、やっぱり醤油があるから調理してもおいしいわけだし。西洋で魚の調理をするとなると、結局、バターで焼いてとか、あとはブイヤベースみたいに煮込んじゃうとかそんなものでしょう。日本の場合は、醤油があるおかげでいろんな変化に富んだ調理法ができるんだよね、刺身もあれば鍋もできるしね。魚だけを煮つけることもできるし。それから、バターで焼いて醤油をかければまたおいしくなる。醤油があるおかげで野菜を一緒に煮てもおいしくなっちゃうしね。例えば、ブリ大根みたいなものだって考えられないよ、醤油がなかったら。醤油のおかげで料理の幅が広がり、奥行が深くなるんだよね。

小哲〜たしかに、その通りなんです。もしも醤油がなかったら、刺身とか寿司は、あんなに美味しく食べられないですからね。絶対に無理。

雁屋〜シドニーの家で、息子たちの友達のオーストラリア人の子どもが遊びに来ると、彼ら、ごはんにいきなり醤油をかけちゃうんだよ。僕が「それはだめ、それはとっても行儀の悪いことだから」って言うと顔色が変わってね。いちおうみんな僕のこと偉いと思ってるから、僕が「あっ、それはだめ!」なんて言うとエッて顔をしてね。だけど、そのうちみんな平気で醤油をかけちゃうんだよな。でもさ、それは行儀はよくないんだけど、実はうまいんだよ。(笑)

小哲〜子供の頃、海苔でごはんを食べるのが好きでね。で、あるとき、なんでそんなに美味しいのか不思議に思って、試しに海苔なしに醤油だけでごはんを食べみたら、やっぱり美味しくってね。その時、はじめて醤油の美味しさを知って感動したのを覚えている。

雁屋〜それじゃあ、熱いごはんにバターを落として醤油をかけて食べてごらん、おいしいから。

小哲〜もちろん、やりましたって。

雁屋〜大体、うな重で最後にたれの染みこんだごはんが残るじゃないか。あれがうまいんだから。醤油の染みこんだごはんてうまいよなあ。

小哲〜しかし、もしもあれが塩味だったら、ああはいかないもんなあ。海苔だって塩じゃ食えないし。

雁屋〜いかない、いかない。だから、ごはんに醤油をかけちゃいけないなんて言うけど、考えてみれば、素朴に醤油の味がわかってるオーストラリア人は偉いのかもしれないな。僕たちは行儀がどうのってことが先に出てきちゃうから。

小哲〜つまり、マナーや形式にしばられていない子供や外国人のほうが、時として、ありのままの美味しさに接することができるってわけか。

醤油のこげた匂いが日本人は好き

雁屋〜それからもう一つ、醤油の焦げた匂いっていうのは日本人にとってたまらないものなんだよ。

小哲〜おせんベいなんか、そうだよね。

雁屋〜おせんべいどころか、焼きとりだって、うなぎだってそうだろ。

小哲〜餅もそうだし、焼におぎりなんてのもあるね。

雁屋〜あの醤油とか味噌の焦げた匂いってのが、日本人にはたまんないんだよ。焼き餅の匂いもそうだし、それから、どこかから醤油の焦げた匂いがしてくると日本人は食欲が沸くわけだよ。味噌もそうだしさ。

小哲〜銀座の7丁目あたりに夜行くと、屋台で餅を焼いて売ってるじゃない。

雁屋〜あるある。しかし高いなあ、あれ。1個100円だぜ。

小哲〜でも、あれって実際に食べると美味しくはないんだろうけど、匂いだけはいいんだよね。だから、つい買いたくなる。

雁屋〜いや、私はよく買いますよ。1個100円もするんだ。

小哲〜え、あんなところで買ってるんだ、しょうがないなあ。

雁屋〜銀座で飲んだあとさ、ついつい。

小哲〜やっぱりあの匂いに負けたってわけだ、塾長といえども。日本人はみんなそうなんだろうな、ほんとに。あと、縁日で売ってる焼とうもろこしなんてのもあるじゃない。あれも根強い人気があるね。

雁屋〜焼とうもろこしね。焼きとりも、うなぎもそうだけど、ああいう醤油系のものの焦げた匂いっていうのはたまらないんだよ。それこそ日本人の魂を揺さぶるかおりですね、あれは。

小哲〜そういえば、うなぎ屋の前で、うなぎを焼く煙をおかずに飯を食おうとする男の話が落語にあったでしょ。それを見たうなぎ屋の主人が代金を置いて行けっていうと、男が代金だよといってチャリンとお金の音を聞かせるって話ね。

雁屋〜あったあった。うなぎの煙で飯が食いたいと思うほどだから、つまり、醤油の焦げた匂いは今も昔も日本人の胃袋と魂を揺さぶるってわけさ。たかが調味料で、そこまでのものってのは、世界中でも醤油くらいのものだろう。

小哲〜そうだよね。となると、美味しんぼの究極のメニュー作りじゃないけど、醤油こそは日本人が後世に残す永遠の文化遺産の筆頭ですね。


つづく...

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2007年02月23日 10:24に投稿されたエントリーのページです。

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イラスト/花咲アキラ(「美味しんぼ」より)
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