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醤油(その5)

魚醤なんてものもあった

小哲〜ところで、醤油の一種で、魚醤なんてのもありましたね。醤油は大豆で作るけど、魚醤は魚から作る。で、魚醤は中国だけど、東南アジアに行くと、ベトナムではニョックマム、タイではナンプラー、フィリピンではパティスと、それぞれの国ごとに、同じように魚で作った醤油がある。

雁屋〜東南アジアに行って衝撃的なのは魚醤のうまさ、魚醤を使った料理のうまさだよね。日本でも、しょっつるとか、きびなご醬油とか、イカで作ったいしるなんてのがあるけど、要するに魚醤ですよ。しかし、魚醤ってなんで日本ではあまり一般的にならなかったんだろうな。

小哲〜うーん、東南アジアみたいには種類もないし、限られた地域でしか使われてないですね。だって、魚醤って本来もっと南の方の国のものでしょ、発酵調味料として。

雁屋〜でも、あったっていいじゃない。

小哲〜高知には、おいしい塩からがあるから、魚醤があってもよさそうなんだけど、ないなあ。

雁屋〜日本では、よく知られているのもとして、いしる、しょっつる、きびなご醬油ぐらいのもんか。

小哲〜伝統的なものはねえ。

雁屋〜しかし、歴史でいえば、醤油よりも魚醤の方がずっと古いらしいんだよね。作り方が簡単だから、当然ではあるけれど、この魚醤ってやつがバカにならない。

小哲〜そう、これがじつに料理を美味しくしてくれる。

雁屋〜ほんとうにうまいんだよ。一番いい魚醤はねえ、ベトナムに小さい島があるんだけどさ、そこでつくってる魚醤が一番おいしいの。なぜおいしいかっていうと、そこで使う魚は、日本でいうキビナゴなんだよ。きれいな色をした、あのキビナゴね。全部それでつくるんだけど、これが、すごくおいしいんだ。

小哲〜それは淡水魚じゃなくて、海水の魚だよね。ベトナムとかタイの方ではフナみたいな池の魚、淡水魚を使ってる魚醤もあるじゃない。

雁屋〜池の魚?

小哲〜そう、淡水魚ね。あと、タイとかフィリピンの市場に行くと、メダカみたいなのとか、いろんな種類の魚醤がかめに入って並んでるんだよね。

雁屋〜僕が前にタイで見たナンプラーは、インチキくさかったな。

小哲〜なんで、作るところを見たの?

雁屋〜あのね、看板にはキビナゴだけが出てるんだよ。ところが、中はいろんな魚を混ぜちゃってるんだ。イカでつくるのもあるよ、能登半島のイシルみたいに。

小哲〜だけど、それは、ウイスキーでいえば、シングルモルトとブレンドウイスキーの違いなんじゃない?

雁屋〜違う違う、そんなんじゃない。いい大豆を使った伝統的な醤油と、大量生産の醤油ほどの違いだよ。

小哲〜そうか、使っている魚の種類によっていろんなタイプの魚醤があるけれど、混ぜちゃってるのは見たことないな。

雁屋〜で、そもそも魚醤というものは、ソースというか、そういうものの中では東南アジアから始まって、これは醤油よりもはるかに古いわけですよ。というのは、つくり方が簡単なんだよね。魚に塩をぶち込んで放っておけば発酵してできちゃう。一番古い発酵食品の一つなんだよ。ところが、醤油は発酵の行程が複雑で、麹を使ったりなんかするでしょう。技術的に高度なものであって、しかも大豆と麦を生産するという農業体制がないとだめだというところがあるから、醤油の方がずっと後から出てきた。しかし、魚醤は東南アジアでは昔から使われていて、一番古い調味料だよね。だけど、僕がいままで体験した中では、ベトナムのニョクマムっていうのが一番おいしいね。

小哲〜その、キビナゴみたいな魚で作ったやつ。

雁屋〜そう、見たところキビナゴだよ、あれは。小さい魚、それだけでつくるニョクマムがあるんだけど、それが一番おいしい。

小哲〜あと、小っちゃなフナみたいな魚のもあれば、ちょっと違うけど、小エビで作ったのもあるでしょ。これは蝦醤っていってるけど。

雁屋〜いろいろある。でもね、キビナゴでつくったのが一番おいしい。シドニーは東南アジアの人たちがたくさんいるから、タイのものもあるし、ベトナムのもあるし、それからインドネシアとか、いろんな魚醤が並んでるわけですよ。シドニーには醤油があるなんてことで驚いちゃいけないんで、スーパーに行けば魚醤が並んでるわけだよ。その中で多いのはタイのだけどね。残念ならか、ベトナムのおいしいニョクマムをおいてるところはなかなかないけど。それと、魚醤の面白いところなんだけど、魚醤は食べたときはおいしいと思うじゃない。だけど、手についたら後で生臭いんだよ。

小哲〜そうそう、それが不思議なんだけどさあ、生のままだと猛烈に臭いんだけど、いったん料理して熱を加えると、これが嘘みたいに美味しくなっちゃう。

雁屋〜手についたのを洗い忘れたら、後ですごい臭い。あれは蛋白質特有の臭いだね、フグもそうじゃない。フグなんで、フグチリを食べる時に竹の柄でできてるチリレンゲを使うだろ。柄が竹で、すくうところは真鍮でできているやつね。それを使ってフグチリを食べて、その後でよく洗ったつもりでも、うっかりしてると翌日、竹の柄と真鍮のつなぎ目のところにフグの汁が残っているとすさまじい臭いがするんだよ。ものすごい臭い。それと同じだよ、魚醤は。

小哲〜じゃあ、ふぐを食べたあとのチリレンゲに塩を振っておけばいい。フグの魚醤風味の美味しいチリレンゲになってるかも・・・・

雁屋〜そうはいくもんか、その前に、真鍮がだめになっちゃうよ。

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2007年03月02日 11:15に投稿されたエントリーのページです。

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イラスト/花咲アキラ(「美味しんぼ」より)
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