醤油(その6)
豆腐だって醤油あってのもの
雁屋〜オーストラリアから日本にもどってくると、たまにスーパーを覗いてみるんだけど、昔とちがって最近はいい醤油が並ぶようになったね。
小哲〜そうそう、この10年くらいでほんとうによくなった。いわゆる「グルメブーム」が単なる底の浅い外食ブームでしかなってことで、塾長も嫌っていたけれど、でも、全体的にみると、それだけ消費者の食に対する意識が高まったんだと思う。
雁屋〜銘柄も、地方の小さな銘柄がたくさん並ぶようになった。いいことだよな。いままでみたいに、大メーカーの独占じゃなくなって、いろんなところの醤油が並ぶようになった。ただ、ちょっと高いんだけど、でも、楽しみが増えていいことだよ。ついでにいうと、豆腐も醤油がなくちゃ美味しくないんだけど、その豆腐も、最近はスーパーであっても、昔とくらべたらずいぶん美味しいのが並ぶようになった。
小哲〜そうそう、最初はデパ地下がいいものを置きはじめたんだけど、このごろはスーパーでも、美味しい豆腐を置くようになった。
雁屋〜僕が食べたのは、ふざけた名前の豆腐屋なんだ、「風に吹かれてなんとか・・・・・・」とかいう名前でさ。
小哲〜あッ、「風に吹かれて豆腐屋ジョニー」っていうんじゃないの、へんな形のパーケッジの。
雁屋〜そう、そう、それだ。「風に吹かれて豆腐屋ジョニー」。あと、「喧嘩一番」なんとかって、勝手に喧嘩売ってどうするって、よくわからないんだけど、これがうまいんだよ。
小哲〜あれ、食べてみたの?
雁屋〜食べた、食べた。ひとおとり全部食べたよ。結構うまいんだよ。ひところスーパーの豆腐なんて食うもんじゃないと思ったけど、今は美味しくなったね。
小哲〜そう、最近は、いい大豆に天然のニガリを使い、消泡剤も使ってない豆腐が、スーパーでも並んでいるんだよ。いますごくいいのがある。だけど、豆腐も醤油がないと寂しいよね。
雁屋〜味噌田楽みたいにして食べてもいいよ。
小哲〜あと、ごまだれとかもあるけど、やっぱり醤油だよな。田楽もそうだけど、飽きちゃうでしょ。
雁屋〜田楽みたいに焼けば別だけど、でも、しょっちゅう食べるんだったやっぱり醤油だなあ。冷ややっこは毎日食べても飽きないもんね。うちはほとんど毎日食べてるよ。
小哲〜そうでしょう、だから、やっぱり醤油って偉大なんですよ、毎日食べたって飽きないんだから。世界中探したって、そんな万能調味料ってほかにないですよ。
雁屋〜とにかく、日本人にとって醤油は欠くべからざるものであって、醤油がなかったら日本の食生活、食文化はまず崩れちゃうんじゃないか。
小哲〜成り立たないどころか、日本から醤油が消えたら暴動が起きるんじゃないかな。
雁屋〜醤油騒動が起きるね。ところがだ、日本の食文化の一番重要な要素を担ってるっていうのに、醤油の原料である大豆の95%が輸入さている。
小哲〜そう、大問題ですね。
雁屋〜日本の味、味覚の根幹である醤油の原料の大半が輸入に頼っているという現状は嘆かわしいものがあるよ。国産大豆でつくった醤油なんてほんとうに僅かだもんね。
小哲〜そう考えると日本の食卓というのは、非常に危うい状況にあるわけだ。あらためて食糧自給問題を考えないといけないですね。
雁屋〜農業政策がまずかったんだよ。いまでも、アメリカとかオーストラリアとかのあの大農法でやれば安くできるに決まってるわけだから。
小哲〜醤油の話をしてたら、またこういう話になっちゃった。
雁屋〜なっちゃうんだよ。だから、僕が言うでしょう。食べものから見ると社会がよく見えるって。食べものは社会に密接に結びついてるわけだから、食べものの矛盾を突くと社会の矛盾に突き当たるわけだよ。醤油ひとつとってみても、日本の社会、農業生産のあり方、日本のいまの社会の構造、そういうところに結局突き当たっちゃうんだよ。
小哲〜醤油一滴であろうと、米一粒であろうと、日本の社会のありかたを映しだしているってわけだ。というわけで、またまた大きな宿題を背負わされたかたちになりましたけど、醤油の話は終わりたいと思います。
(了)
