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寿司

寿司は大人にも子供にも愛され、最近は海外でも単なるブームを越えそれぞれの国に定着しつつある。ただし、この場合の寿司とは、様々な種類がある寿司の中でも、握り寿司のことだ。そんな日本を代表する料理、にぎり寿司とは?そして、その魅力とは?オーストラリアの寿司事情も交え、塾長と小哲の話は続く。

寿司(その1)

酢飯の発明が偉大だった

小哲〜寿司には、鮒寿司みたいなものもあれば、押し寿司や、ちらし寿司なんてのもあって、実際にはいろんな種類があるんだけど、一般的に寿司というと、今では誰もが握り寿司を思い浮かべます。それと、海外でも寿司が大人気なんだけど、寿司というと、やっぱりみんな握り寿司だと思ってる。

雁屋〜そうなんだ。だけど、実は寿司というのは非常に古い歴史があって、元々はなれ寿司といって、ごはんと一緒に発酵させて、半年とか、琵琶湖の鮒寿司などは3年近く時間がかかる。それだけ時間をかけて発酵させるから美味しいんだけれども、場合によってはものすごく臭いよね。鮒寿司なんかは、あの臭いのがたまらなく美味しいんだけど、中には匂いが強すぎて食べられないという人もいる。大体、発酵食品ていうのは、熱狂的に好きな人がいれば、反対に、絶対にだめだって人もいる。納豆だって食べられないない人もいるし、チーズだって、発酵させて臭いが強くなったのが僕は大好きだけど、それが嫌だという人がいて、発酵食品はとにかく好き嫌いがあるんだよね。ところが、江戸前の寿司は、なれ寿司ではなく、早寿司という分類に入る。なぜ早寿司かというと、なれ寿司は半年以上待たなきゃできないんだけど、江戸前の握りはその場で酢飯をつくって握れば寿司になっちゃうので早いから早寿司っていう。で、考えてみると、この酢飯の発明こそが偉大だった。

小哲〜そうだよね、発酵させる代わりに酢を入れちゃうんだから、言ってみれば、手抜きのインスタント寿司でしょ。だけど、その後の寿司の歴史を考えると、これがあったから、今みたいな寿司の隆盛があるわけだ。してみると、酢飯の発明は寿司の革命といってもいいよね。

雁屋〜そう、大革命だよ。酢飯を発明した人は誰だか知らんけど、江戸時代中期だろう。これは大変な発明品であり、革命だと思うんだよね。酢飯の上に何か乗っけるだけでなんでもお寿司になっちゃうんだもの。だから、いろんな形のお寿司があるけれども、野菜を載せてもお寿司になってしまうし、肉を載せてもお寿司になる。ここで一気に料理としての幅が広がった。酢飯の発明っていうのはすごいね。

小哲〜たしかに、偉大だね。酢飯に乗せればなんでも美味しくなっちゃうというんだから。

雁屋〜昔よく食べた五目寿司っていうのは、刻んで煮たニンジン、ゴボウ、レンコン、油揚げ、シイタケ、そういうものを酢飯に混ぜて、上にサクラデンブと金糸たまごをのせたもの。あれはおいしかったね。誕生日にいつも母親がつくってくれて。

小哲〜そうそう、五目寿司というのは、誕生日とかお祝いの時に作ったもんなんだよね。

雁屋〜誕生日は必ず五目寿司だった。それだって酢飯があればこそだ。

小哲〜そう考えると、酢飯ってのは一種のコロンブスの卵だけど、最初に思いついた人間は偉大だよね。

雁屋〜天才だな。

握り寿司は、寿司の長い歴史の中では最近の食べ物

小哲〜だけど、歴史的に見ると、握り寿司が発明されたのは江戸時代でも終わり頃なんでしょ。

雁屋〜最初は深川に松が寿司というのが現れ、その後で与兵衛寿司が両国にできたのが文政から天保の時代だっていうから、もう19世紀に入った江戸の末期だよね。その前は、歌舞伎にも寿司屋の弥助というのがが出てきて、寿司のことを符丁で弥助って呼んだりしていたんだけど、その頃はまだ鮎寿司だから、握りじゃなくてなれ寿司だったんだな。

小哲〜とすると、握り寿司というのは、千数百年にわたる寿司の歴史の中では、ごく最近の食べ物なんだね。

雁屋〜それから、最初は今みたいに高級じゃなかった。江戸草紙なんかを見ると、屋台で浪人者とか尻っぱしょりをした職人が食べている図がある。よく、美家古寿司の先代の親方が言ってたけども、昔は寿司なんていうのは、3個か4個食うもので、それで一食にするもんじゃなかったって。お茶を飲んで3、4個食べる。ちょっとした腹つなぎに食べるもので、それがディナーだったり、ランチだったりということはなかったんだって。

小哲〜しかし、そうだとすると僕は今のほうがいいな。寿司は酒を飲みながらゆっくりと食べたほうが楽しいじゃない。立ち食いで4個ぐらいをつまむだけじゃ、せっかくの寿司なのに物足りないよ。

雁屋〜ただ、その頃はネタが限られていたからね。マグロとコハダぐらいのものだろう。そうしたら何個も食えない。

小哲〜あとは煮はまぐりとか、あなごみたいに火を通したものね。なにしろ、昔は冷蔵庫がなかったから、生じゃなくて、煮るとか、酢でしめたってことだよね。

雁屋〜そう、昔は生のネタが限られていたけど、いまはネタがいろいろ使えるようになったから一食の料理として食べられるようになった。そもそもは、なれ寿司だって保存のためのものだったんだから。

小哲〜でも、その結果、最近の寿司は、料理として酢飯とのバランスを考えながらネタに手を加えることをせずに、単に酢飯の上に刺身を乗っけるだけの、早寿司よりもさらにインスタントな刺身寿司になっちゃった。

雁屋〜新鮮なネタだったら、握るだけでも美味しいからね。そこが違う。しかしね、一番困るのは、寿司のうまさを外国人に教えちゃったってことだよね。

小哲〜アハハハハ、そういえば、そうだ。

雁屋〜とにかく、そのせいで世界中にマグロの争奪戦が起こっちゃってるわけじゃない。マグロが絶滅種に指定されて、そのうち日本人も食べられなくなるんじゃないかっていうぐらいの騒ぎだからな。

小哲〜そう、それが困るんだよね。じゃぁ,そのへんの話は、次回に続けることにしましょう。


つづく...

寿司(その2)

シドニーの寿司ブーム

小哲〜じゃあ、前回の続きで、一番困るのは寿司のうまさを外国人に教えちゃったってこと・・・・・・その続きからいきましょうか。

雁屋〜僕がオーストラリアに行ったのは1988年なんだけど、その時は、まず、現地の人はお寿司なんてものは知らなかった。海苔巻の寿司さえ知らなかったね。だいぶ前だけど、子供たちがお世話になった小学校の校長先生一家をうちに招いて、いろいろ出した料理の中に海苔巻があったわけだ。そうしたら、校長先生の子どもたちが海苔巻の黒いのを気持ち悪がって、海苔をはがして中身だけを食べた。それが、いまやシドニーの町中いたるところにテイクアウトの海苔巻屋があって、オーストラリア人は当然のように海苔巻きを全部食べている。そして、さらに海苔巻を作ってるのは中国人とか韓国人で、日本人じゃないのが圧倒的に多いんだよね。中身も我々が食べているのとはまるで違うのが入ってる。

小哲〜韓国にも海苔巻があるじゃない。シドニーで売ってるのはそういうやつ?

雁屋〜いや、日本の海苔巻だけど、中に入っている具が違うんだよ。そして、もうひとつ、回転寿司が世界中に増えちゃったね。

小哲〜たしか、1980年代の始めだったと思うけど、ニューヨークに行ったとき、五番街に元禄寿司ができたってのがニュースになってた。あれはアメリカで寿司が一般的に広まった最初かもしれない。それまでは商社の人間が行くような日本人向けの寿司屋はあったけど、ふつうのアメリカ人が自分から行けるような店ってのはまだなかった。

雁屋〜今じゃオーストラリアだってあちこちに回転寿司があるよ。

小哲〜だけど、塾長がシドニーに移住した1988年頃にはテイクアウトの寿司も、回転寿司もなかったんでしょう。

シドニーで食べられる正当派江戸前寿司

雁屋〜88年にはなかった。それがこの10年ぐらいであっという間に寿司がブームになっちゃった。で、シドニーにとってもおいしい寿司屋さんができたんだよ。彼は、本人が言うには、オーストラリア人の女性に日本で捕まって拉致されていったという、かわいそうな日本人の男でね。もともと寿司職人だったんだけど、オーストラリア人の女性と結婚しちゃったもんだからシドニーで開業した人で、大変に上手なんだよ。もし、彼がいま日本にいたら、おそらく寿司屋としてスターになれたと思う。そのくらい握った寿司の形もいいし、味もいい。京都の料理人の人がシドニーに来たときに僕がその寿司屋を紹介したら、その人は感心しちゃって、こんなお寿司があるのかって、シドニーにいる間、毎日店に行った。弟子たちも連れて行って、ここの寿司を食べて勉強しておけって言ってたよ。

小哲〜そんなにいい寿司屋がシドニーにあるなんて信じられないな。いわゆる正統な江戸前寿司で?

雁屋〜そう、全く正統な江戸前寿司なんだ。ぜんぜん崩してない。それでほんとにうまい。握った寿司の形も、真ん中がこんもりと高くなるきれいな形に握るんだ。

小哲〜横から見た形が扇紙の形をしているっていうけど、そういうんだ。

雁屋〜そう、きれいな山型ね。ネタも、シドニーの魚ってあまり脂がないんだけれども、彼はそういうのを選んで仕入れて、すごくおいしい寿司をつくる。で、彼はなんと、世界各地の料理コンテストとか料理の催事にオーストラリア代表で出ていくんだよ、寿司を持って。おかしいよね。

小哲〜たとえば、どんな国へ行くの?

雁屋〜たとえば、シンガポールとか、スペインとか、各国で開かれる食のフェスティバルに彼はオーストラリア代表で寿司を持って行くんだ。

小哲〜なんでオーストラリア代表が寿司でなの?

雁屋〜わからない。でも、オーストラリア代表で行くんだよ。

小哲〜オーストラリア料理を持ってじゃなくて。

雁屋〜何度も行ってる。ニドニーで非常に評判が高いんだけれども、その客はほとんどオーストラリア人だよね。

小哲〜しかし、オーストラリアは移民の国だから、もともとオーストラリア料理なんてのはないわけだ。イギリス系とか、ドイツ系の移民が多いんでしょ。だから、日本の料理だって日本系オーストラリア料理にといっても間違いじゃないんだ。

雁屋〜その店のお客さんは8割以上がオーストラリア人だね。オーストラリア人は寿司って最高の料理だと思ってるんだ。

外国人にも訴えかける寿司の魅力

小哲〜だけど、寿司にしておいしいネタってあるじゃない。オーストラリアで、寿司用の魚が揃うの?

雁屋〜日本みたいに脂っこいマグロはないけれどもね。

小哲〜でも、いちおうマグロはあるんでしょう、オーストラリアに。

雁屋〜あるけれども、脂っこくて一番いいのは全部日本に行っちゃうんだよ。現地で食べるマグロは、こっちでいうところのキハダマグロかな、脂はあまりないんだよね。でも、赤身がおいしい。それから、現地で捕れる白身の魚もおいしいし、ぜんぜん引けをとらない。

小哲〜じゃあ、一応、寿司のタネは揃うわけだ。

雁屋?サバなんかもおいしいし、なんでもあるね。

小哲〜それはこの10年の話だから、すごい進歩だねえ。

雁屋〜とにかく、その寿司屋さんに行くっていうのは、オーストラリア人にとって特別のことなんだね。もう、大ごちそう。

小哲〜じゃあ、値段も高い?

雁屋〜値段も高い。オーストラリア人の常識からすれば、すごく高いんだけれども、それにしても、すごくおいしいものを食べても日本円で5、6千円で済むわけだ。

小哲〜それならば、そんなに高いわけじゃない。それよりも、魚なんてほとんど食べなかったオーストラリア人までもが、寿司を食べるようになったってことは大変なことだよね。マグロの争奪戦の問題もあるけれど、やっぱり、それだけ寿司に魅力があるってことなんだろうね。

雁屋〜そうなんだよ。じゃあ、いったい何が外国人にまで訴えかけていくのか。なんだと思う?

小哲〜うーん、なんだろうな・・・・・・・・・・


つづく

寿司(その3)

雁屋〜寿司っていうものが、なぜそこまで外国人にも訴えかけていくのか。そこのところなんだけれども、要は、やはり酢飯の力だと思うんだな。あの味が外国人にもわかるんだよ。

小哲〜なるほど。酢って、レモンもそうだけど、生臭みを消したり、抑えてくれるから食べやすくなるんだよね。

雁屋〜いま外国で寿司のコンテストなんかやると、いろんな国の人間が出てきて握り寿司をつくるじゃない。見てると考えられないようなネタを乗せている。それでも下に酢飯があるとそれが寿司として通用しちゃうんだよ。カリフォルニアロールなんていうのがあったり、それから、スモークドサーモンを乗っけたりしてるのもある。あんなの考えつかないよ、我々日本人は。

小哲〜サーモンの寿司は昔ロンドンで食べたよ。市内に何軒か寿司屋があったんだけど、まぐろのトロが手に入らないのでトロの代用でピンクサーモンのトロを使って、それが、うまいんだよ。ドイツとかヨーロッパに長期駐在している商社の人間なんかわざわざロンドンまで食べに来るって言ってた。でも、最近は日本でもサーモンの寿司を出すところがあるよね。

雁屋〜サーモンならいいけどね。

小哲〜だけど、生のサーモンには虫がいるんだよね?

雁屋〜いるよ。サーモンはだいたいどの国でも北の方にいるんだけど、海の獣、海獣っているだろう、オットセイとかアザラシとか。そういうものの糞が寄生虫の卵を媒介するわけだよ。そういう海獣が棲んでいる海域を通ってきたサケの中にはその寄生虫をもらっちゃうやつがいるんだ。それが人間の体に入ってきちゃったりするんだよね。ところが、オーストラリアではサケを養殖してるんだけど、これは非常に清潔な海域なんだよ。オーストラリアのタスマニアだから、海がとってもきれいなわけだよ。普通、サケが病気になるとそこで薬を撒いたりするじゃない。それがいけない。ところが、そこはサケがちょっと病気になったなと思ったら、船で引っ張って別の海域に連れて行って、そこで治しちゃうんだよ。

小哲〜へえー、そういうことができちゃうんだ。

雁屋〜できるんだよ。そのサーモンが築地で一番高い値段がつくって言ってたよ。美味しいよ。

小哲〜そういえば、前にサケ釣りの取材でカナダへ行ったことがあるんだけど、バンクーバーの北の方のフィヨルドの入り江にバンガローを大きくしたようなロッジを係留してあって、それがいってみれば釣り宿ってわけ。お客はみんなアメリカの金持ちだから、そこまでは水上飛行機かヘリコプターでやって来て、毎日朝からモーターボートで釣りに出る。で、サケの群がいなくなると、そのロッジごとサケのいる海域に引っぱって行って、また適当なところに係留するわけ。やることがでかい。

雁屋〜だけど、あれは1日何匹とか、規則があるだろう。

小哲〜うーん、どうだったかな。ただし、サケ釣りの登録が必要だった。それに釣れててもせいぜい5、6匹だし。

雁屋〜だけど、一人でそんなに釣ったってしょうがないじゃない。

小哲〜それがね、釣った魚はロッジのオヤジに頼んでおくと燻製にしたのを缶詰にして、後から自分の国に送ってくれるの。

雁屋〜へえー、だけど刺身は食えないの?

小哲〜刺身は僕が包丁を持ってたから自分でつくって食べた。彼らはやっぱり刺身では食べないね。

雁屋〜だけど、寿司は江戸前だけに限らずに、大阪の寿司もうまいよな。昔、京都の鯖ずしを食べたら、ごはんが硬すぎてあんまり美味しくなかったんだけど、その後、大阪に行って吉野寿司に行って食べたら、こんなに美味しいもんかと思った。

小哲〜僕は京都の棒寿司も大好きだけどな。吉野寿司の押し寿司は京都と違ってバッテラがいいけど、こけら寿司がまた美味しい。だけど、京都の鯖寿司はそんなに硬いかなあ。

雁屋〜硬い硬い。飯がガチンガチンで食べてて苦しくなってくるよ。

小哲〜寿司っていうと、もともと大阪寿司のほうが古いんだけど、江戸前寿司の美家古で食べてて思ったのは、あそこはみんなタネに火を通してるじゃない。で、エビだったら、茹でたエビとシャリの間におぼろを入れるでしょ。若い頃は甘ったるくて好きじゃなかったんだけど、年をとるに連れて、ああいう美味しさがよくなってきた。で、あるとき思ったんんだけど、江戸前寿司って、いま全盛の生のタネばかり使う東京寿司と比べると、むしろ大阪寿司に近いんだね。

雁屋〜なるほどね。

小哲〜最近の東京の寿司は刺身の新鮮さがウリになってるけど、美家古みたいな江戸前寿司は、タネを煮たり、茹でたりして、料理として手を加えているでしょ。だから、江戸前寿司ってのは、最近の東京の寿司よりも、ずっと大阪寿司に近くて、そこに独特の美味しさがあると思う。

雁屋〜煮ハマとか美味しいよな。まぐろのズケもうまいしな。

小哲〜そうそう.最近は江戸前じゃない店でも、ズケを出すところが増えたよね。でも。エビはどこでもたいてい生だね。僕は、あの茹でたエビにおぼろをはさんだやつが、なんとも優しい甘味で好きなんだな。大人になってわかった味。

雁屋〜あれは美味しいねえ。あそこのお寿司は独特だな。僕は美家古の寿司は昔から好きだなあ。

小哲〜大阪寿司だったら、やっぱり吉野寿司ですか。

雁屋〜うん、あそこは美味しいね。ところが、今じゃ大阪で大阪寿司をやってるところはもう数軒しかないらしい。数が少なくなっちゃって、圧倒的にいわゆる江戸前の握り寿司屋になっちゃったって。酢飯の上に魚とかを載っけて食べるのは非常に訴求力があるじゃない。

小哲〜あ、それともう一つ、握り寿司が全国に広まった理由があるらしいんだ。前に、大阪の寿司屋さんから聞いたんだけど、終戦直後の食糧統制の時代には、外で食事をするときは配給された外食券を使い、指定された食堂でしか食べられなかったんだって。寿司屋の場合は外食券1枚につき握り寿司5個と海苔巻き5切れが一人前と決められていた。で、その場合の寿司というのは握り寿司とされ、それ以外の寿司は禁止された。そのせいで、日本中のすし屋が握りずしを作るようになり、統制が終わった後も、寿司といえば握りずしをさすようになったっていうんだよ。 

雁屋〜へえ,ほんとかね。僕の子どもの頃は寿司なんて贅沢品もいいとこで、大変なごちそうだったよな。食糧統制の時代に外食券で寿司が食べられたわけか。だけど、結局は、握りのほうが寿司ダネの種類も豊富だし、味も明快だし、訴求力という点で大阪寿司に勝ったってことなんだろうな。

小哲〜だけど、その後の展開は、早寿司といわれた江戸前寿司が、さらに手をかけない、刺身を切ってのせるだけの超早寿司に負けたってわけだよね。大阪寿司が握り寿司に負けたみたいに。


つづく...

寿司(その4)

寿司ダネは豊富になったけど、フグだけは無理

小哲〜前回の続きだけど、大阪寿司が江戸前寿司に席巻され、さらに江戸前寿司も刺身をのせただけの今風の「東京寿司」に負けちゃったわけなんだけど、ということは、結局は新鮮なネタの力が大きかったってことですよね。要するに物流と冷蔵技術が進歩したおかげで、昔と違って新鮮な魚がどこでも手に入るようになり、寿司ダネも一気に種類が増えた。

雁屋〜やっぱり新鮮ないいネタを使えば誰が食べてもうまいからね。ただ、握り寿司としてのうまさは、ネタだけでなく職人の腕のよしあしにかかっている。

小哲〜江戸前だと、白身にしても限られた伝統的なものしか使わないけれど、店によってはいろんな種類の白身魚を置いてるところがあって、僕なんかうれしいね。

雁屋〜ただ、あれこれネタはあるけど、握り寿司で食べておいしいのはマグロとコハダだね。僕はマグロとコハダを順番でそれだけ繰り返して食べてもいいね。途中の他のものは、実はいらない。

小哲〜僕は白身は食べたいな、ヒラメとかタイとか、それから、カサゴとかスズキなんかもうまいしね。若い頃は白身なんか全然食べなかったんだけどね。

雁屋〜ヒラメとかタイは向こうがつくってくれるから食べるけど、自分でじゃあ何を食べようって考えたときには、ヒラメとかタイって気持ちはないな。ただ、おもしろいのは、フグだけは寿司にならないね。

小哲〜ああ、そうかもしれない。

雁屋〜身が硬すぎるんだ。

小哲〜ヒラメあたりならまだいいけどね。

雁屋〜ヒラメなら大丈夫だけど、フグは薄造りにしてあっても硬いじゃない。ポン酢でくちゃくちゃやるけど、寿司にはならない。

小哲〜かんでいるうちに、口の中にフグだけ残っちゃうんじゃない?硬くて。

雁屋〜残っちゃうだろうな。

小哲〜ごはんの方が先になくなっちゃうでしょ。

雁屋〜いや、ふぐの寿司は前にどこかで食べたことあるかな。

小哲〜刺身だったら、それだけで食べるからいいけど、握りだと、シャリと噛む時間が違うから、先にシャリがなくなってフグだけ口の中に残っちゃうよ。かといって、薄造りのやつをシャリに乗せても、薄すぎて量的なバランスがとれないでしょ。そう考えると寿司はやっぱりタイとかマグロかな。

マグロがなかったら寿司屋は成り立たない

雁屋〜そう、マグロですよ。それもヅケだよ。赤身のヅケ、あれがおいしいなあ。あれはちょっと泣けてくるね。

小哲〜そうだね、マグロのない寿司は寂しいな。

雁屋〜マグロがなかったら寿司屋さんは成り立たないね。ある時、文芸評論家でこういうことを言った人がいた。三島由紀夫ってすごく変わった人で、寿司屋に行くとマグロばっかり10個でも20個でも食べるんだって。で、三島由紀夫はほんとに思慮が足りない。そんなことをしたらマグロがなくなっちゃうじゃないか。寿司屋はマグロがないとやっていけなくなるから、そういうことをしちゃだめじゃないかって。僕なんか若い頃、築地の安い寿司屋に行って「トロを10個」って頼んで、それを端からパカパカ食っていったことがあったから、思慮が足りないどころじゃないよな。

小哲〜マグロでよく言われるのに、赤身がいいか、トロがいいかっていうのがあるじゃない。

雁屋〜両方いいじゃない。

小哲〜どっちもいいけど、もしも1つだけマグロの寿司を食べていいよって言われたらどっちをとる?

雁屋〜一つだけはイヤ。全部がいい。一つだけは無理だよ。

小哲〜いやいや、いちおう話として。たとえば、大トロ、中トロ、赤身で。僕だったら、中トロかな。赤身だけだと、トロも食べておきたいし、トロだけだと、赤みも食べたくなる、で、中間をとって中トロ。赤みのよさもトロのよさもわかる。

雁屋〜うーん、赤身だけだとね。しかし、それはちょっと難しいね。

小哲〜でも、赤身にマグロそのものの味さが現れるでしょ。素性というか。中トロも、大トロも、それぞれ別物だしね。

雁屋〜別物ですね。マグロについてはこの間「美味しんぼ」でも書いたんだけど、部位が違うだけで別の味になっちゃうからね。それも「寿司金」なんかでよくやってくれるんだけど、同じ中トロでも、3センチか4センチ場所が違っただけで味が全然違っちゃうんだな、あんな大きい魚だからさ。牛肉は部位が変わってもそんなめちゃくちゃ味は変わらないんだけど、なぜマグロはあんなに味が変わるかな。
 これもおもしろいんだけど、一般消費者を相手に試験をするわけだ。ミナミマグロ、冷凍で持ってくるマグロがあるでしょう。あれを解凍してお寿司にしたのがすごく人気があるんだよ。おいしいんだって。

小哲〜そうらしいね。

雁屋〜魚市場の人間も冷凍で持ってきたマグロの寿司が一番おいしいなんて言ってるんだよ。でも、近海の本マグロで獲りたてのは香りが違うと思うけどな。

小哲〜赤身で比べると、本マグロの赤身とミナミマグロとでは全然違うのがわかるよ。トロだと、ミナミマグロのトロっていうのは、本マグロの次に高級とされるんじゃなかったかな。

雁屋〜やっぱりミナミマグロには一種強いクセがある。それが好きな人は好きなのかもしれない。いがらっぽいっていったら言い過ぎだけど、極めてクセがあるよね。

小哲〜前に何かで読んだけど、そういう意味では、トロで本マグロの次に喜ばれてるのがミナミマグロ。だけど、ビンナガなんかになると、まったく別ものだからね。

雁屋から しかし、寿司は寿司ダネもそうだけど、職人の握りかたによってもぜんぜん違ってくるだろう。

小哲〜そうそう、「美味しんぼ」でも、シャリをガチガチに握ってしまう職人の話がありましたよね。それじゃあ、寿司の握りかたについて、この続きは次回にお願いします。

寿司(その5)

素手で握るという世界にも稀な料理

雁屋〜江戸前の握り寿司っていうのは、料理の中で極端に特殊な料理なんだよ。というのは、素手で握ったものを人に食べさせる。そんな料理はほかにないんだよ。手で直接食べものに触るって、例えば、インドあたりで手でカレーを食べたりするけれども、調理人が素手で料理して、それをそのまま食わせるなんて、そんなものないわけだよ。

小哲〜サンドイッチなんか、手でつくるけど、寿司とは意味合いが違うしね。

雁屋〜だからね、お寿司屋さんとお客さんの間には人間的な信頼関係がなかったら成り立たないと思うんだよね。だから、嫌な寿司屋っていうのがあって、そんなやつの握った寿司は絶対食いたくないっていうのもあるわけじゃない。

小哲〜面白いのは、最近はおにぎりなんかみんな薄いゴム手袋をはめて握るんだよね。寿司屋でも持ち帰り寿司なんかだと、そういうのあるんじゃないかな。

雁屋〜そうだよね、おにぎりでさえそうなんだから。だから、握り寿司というのは極めて稀な料理で、世界にあんな料理のしかたはない。よく、外国人のわけのわからないやつらが、寿司は料理じゃない、なんてばかを言うわけだよ。あるいは、刺身は料理じゃないとか。そういうとんでもない大馬鹿さんがいるわけだけど、寿司ほど握る人によって味の違うものはない。

小哲〜うん、まったくそうだよね。

雁屋〜それから、握るときの姿かたちの美しさがこれほど味に影響するものはない。寿司の技術教科書を見ると、二手返しとか本手返しとか、いろんなやり方があるんだよね。あれは見てるとすごいなあと思うね。日本人てなんて器用なんだって。

小哲〜ずいぶん前だけど、「美味しんぼ」のテレビ特番で、美家古の先代の親方にやってもらったことがあるんだよ。五手で握るとか、三手で握るとか、で、究極は一手で握る名人が昔はいたとか。

雁屋〜大阪につかみ寿司っていうのがあるんだよ、黒門市場のところに。何だろうと思ったら、ごはんをつかんで、そこにパッと載っけるからつかみ寿司って言うんですって。握り寿司と変わらないんだけどね。

小哲〜形は、どんなふうになるの?

雁屋〜同じ形だよ。でも、つかみ寿司っていうんだよ。ごはんをつかむからって。つかみ寿司っていうのはあそこだけだね。そんなに高級なお店じゃなくて庶民的なお客さんがどんどん入ってくるようなところなんだけど、名前がおもしろかったね、つかみ寿司って、聞いたことがなかった。

小哲〜握り寿司って、素人がやるとどうしてもご飯つぶが手についちゃうでしょ。あれって、手につかない方法がちゃんとあるんだよね。

雁屋〜そうだよ、なぜプロは手がごはん粒だらけにならないのか。2つある。1つは、手の温度と寿司めしの温度を同じにする。だから、寿司屋に行くとごはんの温度が下がらないようにおひつに入れ、店によってはこもをかぶせているところもあるな。もう1つは、彼らは握る前に手に酢をちょっとつけてパンと叩くじゃない。あれは冗談でやってるんじゃないのね。パンと叩くと、その瞬間に手に水の膜ができちゃうんだって。それで握るから手につかないんだってさ。お酢をひとすくい手にとってパンとやる。

小哲〜なるほどね。素人がやると、手のひらに酢がたくさんついてごはんがベヂャベチャで水っぽくなっちゃうんだよ。パンとやるとちょうどよくなるんだ。

雁屋〜酢をひとすくいとってパンとやると、その瞬間に手の表面に水の膜ができて。

小哲〜そうか、いいこと聞いたな。ところで、それは誰から聞いた話?

雁屋〜これはシドニーの職人から聞いた。

小哲〜え!日本じゃなくて、シドニーで聞いたの?ああ、例の寿司屋さんね。最近はシドニーも開けたもんだ。でも、それ覚えておこう。だけどさ、握り寿司ってのはやっぱり家で作るもんじゃないね。

雁屋〜あのね、寿司、天ぷら、そば、うなぎ、これは日本食中でも人気メニューのベスト4だ。しかし、これこそ職人料理で、この4つは絶対に家で作るのは無理。職人の技術と勘が不可欠なんだ。

小哲〜昔、うちで親父が寿司をつくったじゃない。あのときは、嬉しかったけど、いわゆる店で食べる寿司とはまるで違ってたもんね。

雁屋〜ごはんが大きくてなあ。

小哲〜あとねえ、酢の加減が弱いと、水っぽいっていうか、味にしまりがないんだね。

雁屋〜多いとすっぱいし。それから、砂糖の按配も難しいしな。親父はひどかったよ、ご飯だけ先に握って、あとからその上に刺身を載っけてたぞ。

小哲〜子どものときはあれでも楽しかったけどさ。でもひとつ違うなと思ったのは、酢の微妙な加減で、魚の味が浮いてしまって、生臭く感じちゃうんだな。

雁屋〜だから握り方もそうだけど、そのへんの加減が素人には難しい。

小哲〜ということは、やっぱり職人料理には素人は手を出しちゃいけないってことだ。皮肉なことに、うちの親父が身をもってわが子に教えてくれたってわけだ

雁屋〜しかし、あれはあれで、楽しかった。

小哲〜そう、子供にとっては最高のイベントだった。・・・・ということで、美味しい寿司が食べたくなったところで、そろそろ終わりにしたいと思います。

(了)

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イラスト/花咲アキラ(「美味しんぼ」より)
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