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ごはん

ごはんこそは、日本人にとって空気と水の次に大事な物。しかし、ごはんといっても、様々な顔をがあり、様々な味わい方がある。ごはんの偉大な力から、飯粒への崇拝、さらにはどんぶりの世界、お茶漬けまで、雁屋塾長の話はとどまるところを知らない。

ごはん(その1)

偉大なるごはんの力

小哲−前回までは水の話だったけど、日本人にとって水の次に大事なものといえば、ごはんだと思います。どうですか、塾長にとって、ごはんとはいかなるものですか。

雁屋−日本人にとって、食べものでいちばん大事なのは、この食いものが飯に合うかどうかってことなんだよ。これは飯に合うよ、というのがいちばん大きな観点で、それが日本人の根底にある。とにかく、米が主であって、米をいかにうまく食うか。主食、副食という概念は古いというけれども、それで日本人はお米と合わせたときのうまさにみんな惹きつけられているわけだよ。だから、うちの子供たちなんて、僕は絶対そんなことはさせなかったのに、母親の方のおばあさんが一緒に住むようになってから、餃子のときにおばあさんはごはんを食べるわけだ。うちでは餃子のときに飯を食うなんて、そんな馬鹿なことはだめだというのに、おばあさんがやるのをだめって言うわけにいかないじゃない。子供たちがやったら、それがうまいんだって。「お父さん、どうしてこの美味しさがわからないの?」って言うわけだよ。餃子っていうと、ごはんをパッパッパッてみんなによそうんだよ。

小哲−うわぁ、信じられないな、雁屋家でも餃子ライスを食べるのか。

雁屋−餃子をごはんと食うと美味しいんだって。長男なんか特にすごいんだ。

小哲−え、じゃあほかの子供もそう?

雁屋−全員だよ。

小哲−あれ、それじゃ雁屋家の伝統から外れてる。

雁屋−そう、我が家の伝統から外れてるんだって言っても、おばあさんがやるのにだめだって言えないじゃないか。末の息子ときた日には、水餃子の皮、ベロベロがあるだろう。中身じゃないよ。水餃子の中身だけ先に食べちゃって、皮のベロベロにごはんを包んで食べると美味しいって。お父さん、これ「美味しんぼ」に書いてっていうから、書いてやったよ、「恥かしい食べもの」の中に。要するに、日本人にとっては、ごはんとごはんをおいしく食べさせる食いものがいちばんなんだよ。

寿司もオムライスもご飯が一緒だから美味しい

小哲−とにかく、ご飯ってものが美味しすぎるうえに、どんなものでもやさしく受け入れてくれるから困る。

雁屋−なんだってそう。例えば、典型的な例が寿司じゃない。ただ、魚を酢飯にのっけただけだよ。それで味がまるで違うんだ、魚単体で食うのと。

小哲−そうそう、刺身だと単に魚の味だけなのが、寿司にしたり、ごはんと一緒に食べると、ごはんの甘味に包みこまれて、がぜんうまみがふくらんで引き立つもんね。

雁屋−それからステーキもそうなの。ステーキもステーキだけで食べたらただのステーキだけど、ステーキライスにしてごらん、美味しいから。

小哲−ほんと、そうだよ。ステーキをバター醬油でやってさ、残った肉汁でごはんを食べると、もうたまんない。

雁屋−オムレツだってね、オムライスみたいにオムレツとごはんと一緒に食べるからうまいんだ。だから、主食・副食っていうけど、とにかく、米のごはんていうのは日本人にとってはほんとに基本だよね。大本の大本!米をいかにおいしく食べさせるかということだけに僕たちは頭を使ってるようなもんだからね。ごはんのおかずなんていうのは、そういうもんだろ。昔のうちのように、餃子のときは餃子しか食べないという家もあるけど、たいていはみんな餃子ライスが好きだし、スパゲッティで飯を食う人だっているからな。

小哲−そういえば、フランス人はなんにでもパンを一緒に食べるね。大衆食堂だとスパゲッティにもバゲットがつくし、昔、一緒に住んでいたやつにチャーハン作ってやったら、チャーハンをおかずにパンを食べやがった。ラーメンライスとか、うどんと一緒にかやく飯を食べるのと同じだね。

雁屋−フランス人にとってはパンが命だからな。しかし、ま、そういうわけで、日本人の根っこは、大本が米だよ。

小哲−そうだよね。料亭の懐石料理とか、ああいうよそゆきの料理は別として、家庭では毎日そんなふうにごはんを食べている。

雁屋−料亭だって、最後はごはんが出るじゃない。

小哲−でも、刺身は刺身だけ先に出されるでしょ。だから、いつも、ああ、これごはんで食ったらうまいのにって思う。

雁屋−刺身なんかごはんがなきゃおいしくないよ。

小哲−ごはんは主食だというけれど、正確には一種の味の調停役だと思うんだよ。刺身の生ぐささも、ごはんと一緒に食べると、ごはんの甘味にやんわりと包まれて別もののように美味しくなっちゃう。しかも、どんなにクセがあっても相手を選ばす受け入れてくれるところがすごい。だからこそ主食としての地位を得たんだろうけど。

雁屋−魚単体だと、すごくとんがってて、あまりに主張し過ぎるんだけど、ごはんと合わせることによって、その持つ本来の味が出る。ごはんは、一緒に合わせるそのものの味をうまく引き出してくれるね。マグロなんかもマグロだけ食べたんじゃよくわからないんだけど、ごはんと一緒に食べると、あっ、マグロはこういう味なんだ、ということがわかるわけだよ。相手の特色を十分に引き出す不思議な食べものがごはんなんだよ。

小哲−前にうちで飼っていた猫の苦茶ね、あいつね、シャケだけやったらあんまり食べないの。でも、僕がごはんと一緒によく噛かんで、ごはんの甘味とシャケの旨味が混ざりあったところでやると、ハフハフいいながら夢中で食べた。猫もわかるんだよ、ごはんが魚を美味しくしてくれるのを。

雁屋−まあ、猫がどう思っているかはわからないけど、ごはんは食べものの本性、旨味を十分に引き出してくれる。これがごはんの素晴らしいところであり、偉大なところでもあるね。 


…次回に続く

ごはん(その2)

炊き加減ももてなしのうち

小哲〜日本人にとっていちばん大事なのがごはんなんだけど、それだけに、こんどはごはんをいかに美味しく炊くってのが、これまた重要ですよね。とくに、お客をもてなす時なんてのは。

雁屋〜それは相手の好みを知らなければだめ。例えば、うちはむしろ硬めのごはんが好きなの。ところが、軟かいごはんじゃなきゃだめな人もいるわけ。それから、懐石料理のごはんというのはおかゆみたいにべちゃべちゃだよね。僕は一度、瓢亭の高橋さんに「なぜ懐石料理はこんなにぐちゃぐちゃにするんですか」って言ったら「やあ、やっぱり懐石はお年寄りの方が多いですからなあ」って。

小哲〜ええっ、そういう理由で?お茶の前には、おかゆが胃に優しいからとは聞いていたけど。年寄りのためだったの?

雁屋〜と言ったよ、高橋さんは。歯に負担をかけない。ごはん粒が硬いと噛むのがいやなんだって。

小哲〜高橋さんがそう言ったの?

雁屋〜言った。年配の方が多いからじゃないでしょうかって。懐石料理のものはみんなべちゃべちゃに軟かいもん。例えばね、弁当にしたときだって、僕たちは冷めたときに、硬めに炊いたごはんの方が米粒がはっきりしてうまいと思うじゃない。ところが、軟かいごはんで冷たくなったのが美味しいっていう人がいるわけ。だから、もてなしの心なんていうのは、相手が硬めが好きなのか、軟かめが好きなのかわからなかったら、どうしようもない。うちのごはんじゃ硬すぎるっていう人がいるんだから。

小哲〜そうか、人それぞれだからな。

雁屋〜もてなしの心は、相手に合わせること。かといって、年寄りだから軟かいいのがいいだろうと思ったら、怒る人だっているしな。

小哲〜塾長に軟かいのを出したら怒るしな。

雁屋〜俺なんか、軟かかったら怒る。なんだこのうちは、と思っちゃうもん。だからさ、それはほんと難しいよ。ごはんの難しいところは、まず最初に軟かく炊くか、硬く炊くか。おかゆにしたって、僕はかなり重湯、水分の多いおかゆが好きなんだけど、そうじゃなくって、単にごはんが軟かくなった程度のおかゆが好きな人もいるわけで、その幅はものすごくあるわけだ。
ごはんは、まず炊き加減。硬さ、軟かさ。

電気釜がアジアのごはんを変えてしまった

小哲〜その、いい炊き加減にするために、最近は、例えば、電気炊飯器にしても、IHジャーとか、薪火炊き風なんてのまで出ている。

雁屋〜IHで炊くと全然違うぞ。ほんと違うよ。

小哲〜だけど、世界でごはんを炊くのにここまでやってるのって日本人だけだよね。

雁屋〜それはなぜかっていうと、世界の人たちの米の食べ方と日本人の米の食べ方、考え方が違うから。日本以外の国の人にとって米っていうのは野菜なんだよ。だから、タイ米のごはんの炊き方を見てると、煮立った中に米を入れるだろう。で、バンバンやって、最後にお湯を捨てて蒸らすんだ。日本人は考えられない。

小哲〜日本人はそんな乱暴なことできないです。あり得ないね。

雁屋〜あの人たちがやってるのは野菜を茹でてると同じなんだよね。そこが日本人と、日本人以外の人たちの考え方の徹底的に違うところだな。ただし、電気釜がアジアのごはん味を全部変えちゃったの。それまではちゃんと伝統的なサラサラの米、パラパラのごはんだった。ところが、いかなるタイ米であろうと、電気釜で日本式に炊くとやっぱりねっとりしちゃうわけ。最近の中華街のごはんでも、タイ料理のごはんでも、電気釜で炊いてるから粘り気が出てきてて、昔のごはんと違う。それは堕落だよ、彼らの。簡単に炊けるからって。

小哲〜でも、うちはいつもタイ米をやってるけど、電気釜でやってもまだ大丈夫よ、美味しい。

雁屋〜いやいや、一度やってみな、お湯からやるの、全然違うぞ。ほんとにさらさらとしてうまいよ。臭みっていうか、いわゆる外米風の臭いもないしさ。むしろ、ジャスミン米っていって、米の香りをなぜ大事にするかもわかるよ、ほんとにいい香りだから。

ヨーロッパではごはんは野菜の一つ

小哲〜ヨーロッパだとほんとにごはんは野菜扱いだね。単につけ合わせで、主食でも何でもないしさ。

雁屋〜いやいや、これはポルトガルに行ったらすごい。ポルトガルは米をちゃんと日本と同じように食うんだ。ほんとすごいぞ。

小哲〜主食みたいにしてた?

雁屋〜そうよ。

小哲〜スペインのパエリアみたいなのじゃなくて?

雁屋〜違う、違う。お皿にごはんを盛って、その上に煮た臓物をのっけたりするんだ。リスボンの最高のレストランに行って「ごはんください」って言ったら、パッと出てくるよ。

小哲〜ごはんだけ出てくるの?

雁屋〜出てくるよ、ちゃんとお皿に盛って。ポルトガルは米をよく食う。イタリアなんて、ミラノに着くときに、なんだこれ、これ水田だよな、どこから見ても、って思うぐらい水田がたくさんあるの。米の種類だって100種類ぐらいあるよ。

小哲〜でも、イタリアはさあ、そういうふうに米は食べないよ、リゾットとかサラダにするくらいで。やっぱり野菜の一つなんだよ。

雁屋〜野菜だな。

小哲〜イタリアのは日本の短粒米に近いんだよ。

雁屋〜もっと丸くて粒が大きい。

小哲〜イギリスだとプディングライスっていって売っていて、昔、僕がいた頃は日本の米が手に入らなかったから、それを炊いて食べたことあるな。

雁屋〜うちもリゾットをつくるときはリゾットライスを買ってくるよ。

小哲〜話を戻すと、ごはんで客をもてなすときには、まず相手の好みの炊き加減を知らなきゃだめってことだね。しかし、よくさ、ふだん大してうまいもの食ってるわけじゃないのに、ごはんだけはやたらうるさいオヤジっているよからね。だから、電気メーカーがIHジャーとか羽釜風とかを売りにした炊飯器をだすと、売れちゃうわけよ。

雁屋〜でも、ほんとに違うもん。僕、IH釜にして、これはうまいなあと思ったもん、同じ米なのに。オーストラリアの米が日本米ぐらいおいしくなっちゃうなあと思った。

小哲〜「美味しんぼ」の最初の頃の話で、京極さんをもてなす時に、ごはんを薪で炊いて、最後に藁をひとつかみ入れるってのがあったよね。
 
雁屋〜 そう、蒸らし方ね。あれが大事なんだよ。

小哲〜昔からのやりかたなんだろうね

雁屋〜そう、昔から決まり。薪で炊いて、最後蒸らすときに藁をひとつかみ入れて熱を加えると完全に上はパリッとして、下に少しおこげがついて、蓋をとるとポコポコ穴があいて、米が立っているわけだよ。それがうまいんだ。

小哲〜ああ、食べたいなあ。

雁屋〜わかる? こう蓋をとるだろう、そうすると、穴がポコポコあいてるんだよ。米がみんな立ってて、ピカピカ光ってるんだ。それがほんとの飯なんだよ。

小哲〜おお、うまそう。しかし、これって日本人にしかわからないんだろうな。


…次回に続く

ごはん(その3)

飯盒でたいたご飯もうまいぞ

小哲〜昔ねえ、ヨット部の合宿所でよく当番で飯を炊かされたんだよ。ガスだけど、大きな釜で炊いていたからか、結構おいしく炊けた。高校生だからいい加減にやったんだけど、大きな釜がよかったのかもしれない。

雁屋〜あのな、飯盒だってうまいぞ。

小哲〜あ、飯盒なんてのもあったね。懐かしいな。

雁屋〜昔、最初にキャンプに行ったときに飯盒をやって、ハッと気がついたら煙が出てるんだよ。で、失敗したと思ってね。みんな腹ぺこぺこで、暗くなってきて動けない。もう一度炊き直すのはやだなあって。でも、規則どおりに飯盒で炊き上がったら、ひっくり返して蒸らしてからケツを叩いて出す。だめだろうなって思ったら、ちゃんとうまく炊けてたんだよ。あのときの喜び。それが美味しいのよ。

小哲〜キャンプだから美味しいんだよ。

雁屋〜キャンプだからな。しかし飯盒っていうのはすごくうまく炊けるって。あれは大変なものだよ。

小哲〜キャンプで腹へってたからおいしく思えたんじゃないの。

雁屋〜そうかなあ、うまく炊けるんじゃないか、あれ。キャンプのは薪だもん。

小哲〜でも、飯盒って、あれも日本独特だよね。炊き方もちゃんと決まっているし。

雁屋〜そう。あれはすごい。

小哲〜で、炊き上がったらひっくり返して蒸すのなんて、日本にしかないんじゃない。
     
雁屋〜当たり前だよ、メシを炊くんだから。楕円形になっているのは腰につけたときにぴったりくっつくようにだろう、兵隊が。だから、日本は戦争に負けたんだぞ、あれ。
     
小哲〜なんで?

雁屋〜日本人は飯を炊かなきゃだめじゃない。飯を炊くのに火を燃やすから、あそこに日本兵がいるって見つかって撃たれたんだ。

小哲〜いつの話?

雁屋〜第二次大戦だよ。日本人は飯のたんびに火を燃やすから居場所がバレちゃう。飯盒っていうのは、ふたはおかずを入れるようになってる。な、・・・・

小哲〜そうそう。

雁屋〜よくできてる(笑)

小哲〜飯盒と羽釜だな、日本人は。

雁屋〜そうだよ、飯盒だよ。飯盒で飯炊いてみろ、うまいから。

小哲〜僕も中学で山岳部にいたとき、飯盒で食べたけど、ほんとうまいと思うんだな、ああいうときは。そういえば、雨の夜、テントから出るのがめんどうで飯盒に小便したやつがいてさ、次の日、当番が何も知らずにそれでご飯たいちゃったってのがあったな。でも、誰も気がつかなかったみたい。火を通してるからきれいなもんだ。

雁屋〜きったねえな。しかし、キャンプのときの飯盒飯ほどうまいものないなあ。ほんとうまいと思うよ。 

小哲〜あの頃、山岳部で山に行くときは、パン屋さんに特別に頼んで、コッペパンみたいなのも4、5日もつように焼いてもらったな。

雁屋〜もたないよ、パンはすぐカラカラになっちゃう。パンはもたない。だから、ヨーロッパなんかでも朝一番にパンを買いに行くんだよ。焼きたてじゃないとだめだから、朝買いに行って、午前中しか売らないとかね。

小哲〜パン屋は夜中の3時ぐらいから焼いてるんだよ。

雁屋〜そうだよ。♪朝一番早いのは、パン屋のおじさん♪ て。

赤子泣くともふたとるな

雁屋〜ごはいの炊き方でいえば、羽釜がうまいっていうのは根拠があるらしいな。釜の底がまるくなってるから火が鍋全体を包んで、中の米が踊るから、全体が美味しいんだって。電気釜の場合は、いままでの電気釜っていうのは、底にヒーターがあったんだけど、IH釜はお釜全体が熱くなるから羽釜に近い。だから美味しいんだってさ。ほんとだよ、それ。やっぱり羽釜が一番うまい。

小哲〜もう一つ、薪だから美味しいってあるじゃない。あれは迷信かな。

雁屋〜薪の温度が飯を炊くのにいいかもしれないなあ。でも、薪ったって木によって温度が違うぜ。松の薪と、杉とかじゃ。油によって温度が全然違ってくるから。薪がうまいっていうのは、要するに竈で炊くってことでしょう。竈で炊くってことは羽釜で炊く。直火ならわかるけどさあ。羽釜をガスの上で炊くのはナンセンスだと思うな。

小哲〜いわゆるへっついね。

雁屋〜へっついでやるならいい。

小哲〜へっついでやるなら釜が生きてくるからね。

雁屋〜ガスコンロの上に羽釜を乗せてもね。

小哲〜意味がない。

雁屋〜ただ、ガスの火は上にまわるけどね。もう一つは厚い木のふたがいいんだな、圧力がかかって。あれがいいんだよ。薄いふたじゃないんだよ、重たい厚い木のふたで押さえつける。で、めったなことでは噴きこぼれないしな。赤子泣くともふたとるなって。

小哲〜赤子よりもうまい飯のほうが大事だからね・・・・・・・

ごはん(その4)

記憶の中のおむすびの味

雁屋〜でもねえ、もてなしは難しいよね。俺ねえ、よその家で食べると、時々ごはんが軟かくて気持ち悪くてさあ。

小哲〜ごはんが軟かいのって、要するに水っぽいってことじゃない。だから、一緒におかずを食べるとおかずも水っぽくなって美味しくないんだよ。

雁屋〜ごはんのツブツブがわからないんだよ、ぴっちゃりなってて。おまけに、それで海苔巻きをつくってくれたんだな。まずくてさあ。

小哲〜その家はそういう軟かいのが当たり前なんだろう。

雁屋〜当たり前だと思ってるわけだよ。

小哲〜そうすると、雁屋哲にとって一番美味しいごはんてなに? いままでで一番おいしかったごはんは?自分にとっての究極のごはんて。

雁屋〜うーん、飯盒も美味しいし、釜で炊いたのも美味しい。いろいろあるなあ。でも、記憶に残っててすごいのは終戦のときのあれと、おふくろがつくってくれたおこげのおむすびかな。終戦直後の話だけど、親父が会社に弁当を持っていくんだけど、親父はいちおう管理職だから面子があるわけじゃない。弁当に米の飯を持っていかなきゃいけない。毎朝、米の飯を炊くんだけど、それは僕たち家族の口には入らないわけだよ。親父の分だけ炊くわけだ。そうすると、釜の底におこげが残るじゃない。それをおふくろがこそげ落として、一人あたま親指ほどの大きさのおむすびを僕たち子どもにくれるわけだよ。その塩むすびがおいしくておいしくてね。

小哲〜僕も思い出した。僕が覚えているのは、おばあさんが作ってくれたやつで味噌を塗ったおむすび。あれはあんまりよそにないなあ。味噌の焼きおにぎりはあるけど。

雁屋〜味噌のおむすび、田舎に行けばあるよ。

小哲〜生の味噌が、香りがよくてうまいんだよ。

何もない時代の親指の頭ほどのおむすび

雁屋〜僕が忘れられないのは、あのときお前はまだ生まれてなかったから、兄弟3人にほんと、親指の頭ほどのおむすびだよ。

小哲〜ということは、ごはんは2合ぐらい炊いたのかな。

雁屋〜1合じゃないの。それを親父の弁当に入れて。それは面子だからさあ。親父だって自分だけ米を食べたいとは思わない。子どもたちにも食わしてやりたいと思うけれども、それはかなわない話で、釜の底のおこげのおむすび。そのうまかったこと。ほんとにうまいもんだと思ったよ。お前たちの世代にはわからないと思うんだけれど、俺たちみたいに戦争直後の食糧難を過ごした者にとって、米の飯っていうのはほんとにごちそうだったんだよ。俺んちだって、米だけの飯を食えるようになったのは、昭和30年代になってからじゃないかなあ。

小哲〜押し麦が入ってるごはんは覚えてるな。

雁屋〜そうだよ、ずっとそうだったよ。全部お米になったのは俺が小学校の4年か、5年ぐらいじゃないかなあ。

小哲〜というと、昭和26、7年頃のことかな。僕は幼稚園の頃、3、4歳までは押し麦が入ってたな。ぼんやりだけど、覚えているよ。

雁屋〜今でも覚えてるんだけど、田園調布で東口から西口のほうに引っ越しただろ。そのときに大工なんかが家に出入りしたわけだよ。そうすると大工に出すために、おこわのおむすびをたくさん作って、お盆に置いて戸棚に入れてあるんだよ。それを1個ずつぐらい僕たちにくれるわけだよ。これがうまくってなあ。おこわのおにぎりよ。

小哲〜そういえば、あの頃はいろんな職人が来たなあ。 

雁屋〜西口の方にに引っ越したあと、大工とか植木屋とかがいつまでも入ってたんだよ。ほとんど1年中、うちは職人が入ってた。

小哲〜畳屋も来たしな。冬になると煙突屋さんがストーブの煙突を取り付けにきた。で、煙突掃除屋さんもいたけど、今はもう姿を消しちゃった。

雁屋〜とにかく、引っ越したときのおこわのおむすびね。あのうまさは忘れられないなあ。僕たちの頃にはほんとに銀シャリって言葉があったからね。白い米のごはんが最高のごちそうだったもん。昭和40年近くまで、田舎に行くと「何もないけど、ごはんだけはあるからたくさん食べてね」って言ったもの。その言葉をいまだに忘れられない。

小哲〜そうそう。そういうこと言ってたなあ。

日本人全員が米を食えるようになったのはオリンピック後

雁屋〜何もないけど、ごはんだけはあるからねって。時代を勘違いしてる人がいて、東京ではもうその時代じゃなくなってるのに、田舎ではまだその意識が残っていてね。そういうもんだったんだぜ、米って。日本人全体が米を食えるようになったのは、昭和40年以降のことだって。

小哲〜全国的にね、そうか、昭和40年か

雁屋〜40年ぐらいからだって。それまでは米を食うっていっても米だけの飯なんて食えなかった。

小哲〜昭和40年というと東京オリンピックの次の年だよ。

雁屋〜そうだよ、オリンピックぐらいからようやく全部の日本人が米だけの飯を食えるようになった。戦後のことで、戦前なんていうのは、中くらいのところではみんなお混じりだろう。純粋な米だけなんていうのは金持ちの家だけよ。米だって変な米を食ってたわけだしさあ。だって、昔の田舎の話だけど、死ぬまで米を食えなかったんだぜ、百姓は、自分たちで作っておきながら。年貢で持っていかれちゃって。6・4なんていったって、政府が6とっていっちゃうじゃない。残りの4で食っていくんだから、百姓はそれを食べないで、売って生活費をつくるわけだ。大変なもんだったんだから。大正年間にあった「米騒動」、あのときだってすごい騒ぎだったんだよね。米っていうのは日本人にとってすごく重要なものなんだよね。僕はよく言うんだけど、大名の禄高を何万石って米で言うわけだろう。そんな国って世界中にないって。

小哲〜そうね、イギリスで小麦何万ブッシェルの領主なんてないもんな。

雁屋〜そんなこと言わないもん。大名の位が米の石高でいうなんて、おかしな話だよ。百万石の大名、なんてさ。そんなの日本以外にはありえないって。そのくらい日本人にとって、米っていうのは大変なものだったということだよ。

ごはん(その5)

米粒信仰

小哲〜ごはんといえば、日本人はお米だけは食べ物の中でも別格扱いだよね。 

雁屋〜うちの親父が、遊びに来ていたLEEを食事の時によくを叱ったの覚えてる?

小哲〜イギリス人のLEEを? 知らないなあ。

雁屋〜子供の頃は飯粒残すと怒られたけど、立派な大人で、しかも外人のLEEに対しても、飯食うときにお茶碗に米粒を残すと怒るわけ。日本人にとって米は貴重なものだったから、米に対して異常なる執着があり、独特の高い価値観を与えていたね。

小哲〜日本人はごはんの食べかたにも作法があり、様式化してるしね。

雁屋〜ほかのものを粗末にすることはあまり気にしないのに、米を粗末にするとものすごく怒るわけだ。

小哲〜米ひとつぶでもね。

雁屋〜ひとつぶの米を。例えば、駅弁なんかでも蓋についた米つぶをひとつ残らず食べるじゃない。

小哲〜そうなんだよ。あれ、はたから見てるとけっこう笑えるんだよ。もうそのくらいでいいじゃないって思うのに、立派なサラリーマンのオヤジでさえも、ムキになって、最後の一粒まで米粒をこそげとって食ってるの、おかずは平気で残すのにさ。

雁屋〜そうだろう。うなぎを食いに行ったって、うなぎを残しても飯は食うやつがいるよ、ひとつぶ残さず。米に対しては一種信仰みたいな価値観を持っている。米ひとつぶでも無駄にしちゃいけない。米という字をよく見ろ。お百姓さんが八十八回も手間をかけるから米なんだってね。そうじゃなかったら、禄高で大名の位を決めるなんてことなかったと思うよ。米がそれだけの価値観を持っていた。金に代わるものだったわけだからね。外国だったら金とかダイヤだよ。それを日本人は米の禄高でやるんだもん。

小哲〜お米は、瑞穂の国っていうくらいだから、やっばり日本人にとっては特別な食べ物で、そのせいか、お米に対しては特別の美意識をもっているよね。だから、お米に甘いものをつけて食べると、わあ、気持ち悪いって言う。おはぎなんかは甘いあんこがついているのに、ああいう決まりきったものだったら平気なんだね。だけど、お茶碗のごはんにジャムを乗せたら気持ち悪がるぜ。でも、ほんとは美味しいんだよ、だって、おはぎは美味しいじゃん。それから、東北に行くと、ずんだ餅、枝豆をつぶして甘くしたの、あれもごはんがあるから美味しいだね。

雁屋〜だって、あれは餅だもん。

小哲〜もう一つ、面白いのはね、ごはんにサラダドレッシングをかけるとみんなギャーッて言うんだよ。だけど、フランスやイタリアじゃごはんはサラダに良く使われる。ごはんは野菜の一種だし、特別の美意識も持ってないしね。

雁屋〜うん、あれうまいよな。

小哲〜だけど、あれをやると、どうやら日本人には大切なごはんを粗末に扱っているように見えるらしい。お米に対して独特の信仰というか崇拝があるから、味がどうのこうの以前に、神聖な米を冒瀆しているように思えるんじゃないかな。

雁屋〜おれはよく、味噌汁をかけて食うよ。

小哲〜あれはうまいよね。冷たい味噌汁もいいし。

雁屋〜それから、生卵な。これも、ごはんでなくちゃ美味しくない。

小哲〜あれ、パンでやったら、ペチョペチョして、みじめな気持ちになるだけだだからね。

雁屋〜でも、ごはんに味噌汁をかけるのは、行儀が悪いからしちゃいけないことになっている。

小哲〜それも、やっぱりごはんに対する美意識に反するからだろうね。。

雁屋〜だから、うちでは、ごはんに味噌汁をかけるんじゃなくて、味噌汁にごはんを入れて食べるの。

小哲〜え、なに、それ?どっちもやってることは同じじゃない。

雁屋〜見えかたがぜんぜん違うだろう。

小哲−あ、そうか、ごはんを味噌汁で汚すか、味噌汁をごはんで汚すかの違いか。ご飯茶碗という神聖な器に味噌汁が入り込むのは冒瀆だけど、味噌汁の碗の中にごはんがお入りになる分には許されるということかな。日本人の感覚としては、ご飯の上に味噌汁をかけると、無残な感じがするからね。

雁屋〜しかし、うまいからしょうがない。

小哲〜僕も、家で時々やるけど、たいていは味噌汁のほうに入れるなあ。

雁屋〜僕もうちで子どもたちには、ぶっかけごはんはいけない、なんて言ってるんだけど、みんなやりたがってな。

小哲〜僕も好きだからよくやるね。美味しいからな。いいだしでとった味噌汁にごはんを入れると、もう最高だよ。

雁屋〜で、あるとき、味噌汁にごはんを入れたら子供に見つかって「お父さん、やってるじゃない」なんていわれた。

小哲〜きっとどこの親も子供には行儀が悪いっていいながら、子供のいない時こっそりとやっているわけだ。ごはん信仰のホンネとタテマエってやつですね。いっそのこと、家族全員で味噌汁ごはんをやればいいいのに。

雁屋〜それをやっちゃったら、おしまいだろう、日本人として・・・・・(笑)

ごはん(その6)

ごはんと丼と日本人

雁屋〜 ごはんといえば、日本の独特な料理、どんぶりものっていうのがあるじゃないか。

小哲〜そうだね、あれはごはんがなけりゃ成立しない。

雁屋〜成立しないし、あんなものは日本にしかない。そのための器があるんだから、どんぶりという。ごはんの上にのっけちゃうんだよ、カツ丼だろ。カツ丼だって東京あたりでなじみのあるのは煮てたまごでとじたカツ丼だけど、関西のカツ丼ていったら、ウスターソースをかてただけのほんとのカツをのっけてるわけ。どんぶりものっていったら、何だって上ののっけてどんぶりにしちゃうじゃない。うな丼もあるし、鉄火丼もあるしさ。どんぶりものっていうのが不思議な食いものなんだよ。

小哲〜そうだね、どれもみなごはんが前提だからなあ。

雁屋〜ごはんの上に何かのっけちゃってどんぶりものにすると、それひとつで料理になっちゃう。それで一つのごちそうになる。だって、カツ丼一杯で、犯人が涙流して白状するんだぜ。

小哲〜そうそう、ああいう場合はどういうわけかカツ丼が絵になる。

雁屋〜カツ丼食わせると殺人犯が泣くんだよ。旦那、すいませんでしたって。その威力だよ。カツ丼とか、エビの天丼なんていったら大変なごちそうじゃないか。

小哲〜昼飯を食べに天ぷら屋に行くと、いつも迷うんだよ。てんぷら定食にするか、天丼にするかって。

雁屋〜俺は迷わず天丼。

小哲〜この間、てんぶら定食のほうを食べていて、ふと思ったんだけど、ど、天丼と普通の天ぷらは別もんだね。

雁屋〜全然違う、全く別もん。僕は 日本に戻ってきたときは、銀座に近くて便利だから帝国ホテルに泊まるんだけど、あそこの天一だけはしょっちゅう行くよ。で、天丼を食べる。

小哲〜だけど、せっかくの店で天丼しか食べなかったら、しみったれた客だって思われるんじゃないの?

雁屋〜そんなことあるもんか、天丼だって立派な料理じゃないか。

小哲〜天丼は、てんぷらが濃いめのつゆにつけられてからご飯の上にのせられているでしょ。あれがいいんだよね。そのせいか、天丼だと多少まずくても食べられちゃう。

雁屋〜同じてんぷらでも、お好みで食べるてんぷらは繊細だけど、天丼はその反対で、一気に勢いで食うってところがある。これもどんぶりのいいところじゃないか。

小哲〜前に「チュボーですよ!」って番組のアドバイザーをやっていたんだけど、試聴率を確実にとるために定期的にどんぶりものを出すんだよ。というのは、フランス料理なんかいくらやったって、大多数の日本人にとっては遠い国の話なんだよ。だから視聴率がた落ち。だけど、どんぶりだと、誰だって食べたことあるし、食べやすいし、ごはんものだから、絵としても分かりやすい。だから、みんな身近に感じるんだね。

雁屋〜そうそう、何をのせてもどんぶりものはできるのよ。自分で考えられるの。何だって上にのっけちゃえばいい。納豆の上に生卵をのっければ立派などんぶりだからね。どんぶりものの威力だよな。これは忘れてはいけないね、ごはんを語るとき。

小哲〜鉄火丼ってあるじゃない。鉄火巻は鉄火場でつまみやすいから鉄火巻って名前になったんだけど。鉄火丼は単に刺身をのっけただけなのに、なんでそう呼ぶんだろう? 

雁屋〜それから来たんだよ。その流れで来て、鉄火巻をどんぶりにしたのが鉄火丼になった。

小哲〜そう、どんぶりってところがいいよな。

雁屋〜そんなわけだから、日本人とごはんを考えるとき、どんぶりものを忘れてはいけないな。

小哲〜そうだね。

雁屋〜料理の、非常に大きな一つの分野をなしてるよ。

小哲〜ちょっと変わったところで、深川丼なんてのもあったね、

雁屋〜アサリの味噌汁みたいなのをぶっかけるんだよ。うまいよ、あれ。アサリがよくなきゃだめだけど。アサリとネギだけだもん。

小哲〜前回の話に出た、味噌汁をぶっかけ飯みたいなもんだよね。

雁屋〜深川丼もそうだけど、どんぶりものっていろいろ創作ができるんだよな、西洋風のどんぶりものだってあるじゃない。

小哲〜フォアグラ丼てのがあって、最初いやみだなと思ってたけど、食べてくみると、これが結構うまいんだよ。ステーキ丼とフォアグラ丼、ミクニのどこかの店で出していたな。

雁屋〜だいたい、ステーキ丼なんていうのは、和洋折衷もいいとこだもんなあ。

小哲〜日本人の融通無碍なところね。どんぶりっていう器は、風呂敷みたいになんでも受け入れちゃうわけで、日本独特な料理のスタイルと言っていいと思う。SUSHI TERIYAKAKI と同じように、DONBURIっていう単語も そのうち 英語になっているかもしれないよ。

ごはん(その7)

お茶漬けの粋、水漬けの妙

小哲〜そういえば、お茶漬けなんていうのも、ごはんならではの料理でしょ。料理と呼ぶにはこじんまりしてるけど、こればっかりはパンじゃうまくいかない。

雁屋〜お茶漬けは、僕も前に書いたけど、魯山人の書いたお茶漬けだけだってすごくいろいろな種類があるぞ。魚のお茶漬けもあるし、それから、納豆のお茶漬けもあって、うまいんだこれが。

小哲〜えッ、納豆はどうするの? お茶なの、お湯なの、だしなの?

雁屋〜お茶だよ。お茶はどういうお茶かというと、例の粉茶だよ、寿司屋で出す。お茶漬けにはあれがいいって、魯山人は書いてる。よく、お茶漬け屋でだしをかけて出すところがあるけど、あれは違反だよ。あれは汁漬け、お茶漬けじゃない。お茶漬けはやっぱりお茶でなけりゃ。

小哲〜だしのほうがうまいけどな・・・・。

雁屋〜うまいけど、それはお茶漬けじゃない。それは汁漬けで別の話だよ。しかし、お茶漬けだって、内容によって、ほんとにいろんなものがあるぞ。

小哲〜魯山人のは何種類ぐらいあるの?そもそも、何の本に出てたの、それ。

雁屋〜これはほんとに偶然手に入れたんだけどね。魯山人が星岡茶寮って料理屋をやってたことがあっただろう。その時に会員用に配ったやつで、しまいには本屋でも売ったんだけど、「星岡」っていう月刊の雑誌があった。それの全巻揃いの合冊本を、いつも行く神保町の古本屋で見つけんだよ。うわあ、これ「星岡」じゃない!って。で、すぐにそれを買っちゃったんだけどね。

小哲〜高かったでしょ。

雁屋〜うーん、いくらだったかな。そんなには高くはなかったよ。で、早速それを「美味しんぼ」に書いちゃったよ。山岡が古本屋で「星岡」をを見つけけたって。

小哲〜いつ書いたの、それ。最近?

雁屋〜90何巻かな。で、そのあとでその店に行った時に「漫画になりましたから」ってオヤジさんに言ったらすごく喜んでた。そこのオヤジさんとはつきあいが長いからね。昔、僕は江戸のものをたくさん集めていて、その店でも江戸物をずいぶん買ったんだよ。で、あるとき「美味しんぼ」を見せたら「あれ!?江戸物を書くんじゃなかったんですか、食べものだったんですか」って驚いていた。次は絶対に江戸物だと思ってましたよって。

小哲〜ところで、お茶漬けの話だけど、お茶漬けもごはん料理のひとつとして、基本形はどんぶりのごはんがあって、それにお茶をかける・・・・。

雁屋〜そのときのお茶漬けのごはんは、あったかいごはんにかけるか、冷たいごはんにかけるか、またこれで味が違ってくるわけよ。うるさい人になると、冷ごはんじゃなけりゃいけないっていう人もいるし、いや、そうじゃない、あったかいごはんにかけたらまたうまいっていう人もあるし、これは好みで違ってくる。どっちがいいとは言えない。

小哲〜僕は、その冷ごはんのお茶漬けを昔やってみたことがある。子母澤寛の「味覚極楽」って本に出てた話で、芝増上寺の大僧正だったと思うんだけど、ごはんは水漬けに限るっていうんだ。水漬けに沢庵ね。

雁屋〜ああ、水漬けはうまいよ。

小哲〜で、さっそく自分でも試してみたんだけど、これがうまいんだよ。
お寺だから水漬けのごはんに沢庵なんだろうけど、沢庵みたいにあまり味が強くなくて、じわじわっと味が広がってくるもののほうが、ごはんの味とスピ〜ドが合うんだね。冷や飯だからごはんの余計な匂いもないから、ごはんのほんとうのうま味がわかる。炊きたてのごはんとは別もので、静謐そのもの。ああ、こういうのもあるんだなと思った。

雁屋〜いったん冷飯を食い始めるとあったかいごはん食えなくなる。冷飯の方が甘味があって、おいしくて。炊きたてのごはんは食べたくないっていう人がけっこういるね。俺はそうは思わないけどな。 

小哲〜その和尚さんは自分みたいに年をとるとって言ってたな。
 
雁屋〜俺はあったかいごはんも好きだけど、炊きたての。あれはうんこの臭いがするっていうな。

小哲〜きったねえな、でも、そう言われてみればちょっと臭いね、うんことは違うけど。なんていうか、蒸れた足のにおいのような。でも、それは米と水がよくない場合でしょ。

雁屋〜独特の嫌なにおい。あれが嫌だっていう人がいるんだよ。

小哲〜前に、富山からもらった城山の水っていう名水といわれてるやつでごはんを炊いたときは、その匂いが全然違うんだよ。びっくりするほど甘いいい香りがしたの。

雁屋〜そう、水によって違うよね。全然違う話だけど、俺、高校3年の夏休みに北海道、札幌の親父の会社の寮に行ったじゃない。そこに北大の医学部の学生がいたんだよ。その学生、いい男でもててさ。よく酒飲みに連れていってもらったりしたんだ。いつも面白い話をしてくれるんだけど、そいつひどいんだ。解剖の時間が足りなくなっちゃうと、鞄に腕を詰めて寮に持って帰ってきてやるんだって。

小哲〜寮で!?もしかして、まな板かなんかにのせたりして。

雁屋〜しょうがないから片腕持ってきて、テ〜ブルの上でやるんだって。それで、とにかく嫌なのは、解剖した後で、あったかいごはんをよそって食べようとすると、手のにおいとごはんのにおいが一緒になって、鼻にモアーと来るんだってさ。それがものすごい嫌なんだって。

小哲〜なに、死体の手のにおいが自分の手に染みついていてるってこと?

雁屋〜それがさ、あったかいごはんの匂いと合わさるとすごい匂いになるんだって。

小哲〜うわあ、たまんないな。

雁屋〜解剖が終わった後、いくら手を洗っても匂いが消えないそうだ。そうすると、ほかほかのごはんから立ち上る湯気に自分の手のにおいが混ざる。それがたまんなく嫌なんだって。

小哲〜ヒャァー、気持ち悪い。でもさ、冷たいごはんならいいのかな。

雁屋〜冷たいごはんだったらいいみたい。炊きたてのごはんが苦手だって言ってたよ。それをしてるときはいやだったって。

小哲〜じゃあ、医学生には増上寺の大僧正みたいに水漬けと沢庵だ。

雁屋〜しかし、すごいやつだよな、死体の腕を鞄に詰めて寮に持って帰り、その一室でやるわけだ。で、ここがどうで、あれがどうだ何だとレポ〜トを書くんだって。すごいやつだよ。

小哲〜それって、やっぱり台所でやるのかなあ。

雁屋〜馬鹿いってんじゃないよ、自分の部屋でやるんだって。当たり前じゃないか。夜中に自分の部屋で新聞紙を広げて、そこでメスを持ってやっていくんだよ。

小哲〜うわッ、新聞紙の上で!?まるで猟奇事件だよ。でも、血は流れないんだよね。

雁屋〜もうホルマリン漬けになったやつだから、血は出ないな。

小哲〜なるほど、ごはんの匂いってのは、人によってはそれほどまでに違って感じられるということか。人の好みには、人それぞれの事情があったってわけで、このへんでそろそろごはんの話も終わりにしたいと思います。どうも、ごちそうさまでした。ウップ・・・・・。

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イラスト/花咲アキラ(「美味しんぼ」より)
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