こんなものがごちそうだった(その1)
目玉焼きがごちそうだった
雁屋〜最近のグルメブームについて考えてみましょうか? 岸さんはどう思います?
岸〜昔は日本人は貧乏だったし、食べることにこだわるのは格好悪いということで、「武士は食わねど高楊枝」と言ったりしましたよね。中国とかヨーロッパは、食べることを大事にしていたけど。
雁屋〜でも日本の昔の雑誌を見ると、食べ物屋がたくさん出ていますよね。『豆腐百珍』なんて本格的な料理書が江戸時代に出ているし、大食い競争とかもあった。結構、日本人も昔から食い物に興味があったと思いますよ。
岸〜そうねえ、でもそれは人間としてあたりまえじゃない〜
雁屋〜まあだけど、今のブームはすごいですね。テレビの料理番組だって、毎日二、三局はやってるでしょう。そもそも今みたいにみんながフランス料理だ、イタリア料理だってやたらめったら詳しくなったのはこの二十年ぐらいですよね。昔はただ「洋食」だったもの。
岸〜今から五十年前、昭和三十年に私が主婦の友社で初めて手がけた料理の本といえば、日本料理と西洋料理と中華料理の基礎の本。その中の『西洋料理の基礎』という本は、表紙が目玉焼きなのよ。
雁屋〜目玉焼きがごちそうだったわけですね。
岸〜うちでは父がアメリカに行ってたから食べてましたけど、普通の家ではなかったんでしょうね。
雁屋〜卵自体が貴重品だった。桐の箱に卵を十個並べたのが病気見舞いだったんだから。滝田ゆうの漫画なんかを見ると、向島の土手にゆで卵屋が出ていてね。
岸〜卵はゆで卵だったの、遠足のお弁当も。ごはんに卵をかけて食べましたね。
雁屋〜僕は戦後だからなあ。非常に貧しくてねえ。卵かけごはんといっても、一個の卵を二人で分けるんですよ。僕だけ結核で寝てたから一人一個食べていいの。ほかのきょうだいは一個の卵をかきまぜて二人か三人で分ける。
岸〜卵についてはエッセーで吉川英治が「五人きょうだいで、子どものとき、一個の卵を母がほぐしてみんなのお茶碗に分けてくれたのを食べた。それが卵かけごはんだった。僕は偉くなって卵一個を一人でかけて食べられるようになりたいと思った」と書いてるのね。
雁屋〜いまの飽食の時代なんて、信じられないですね。でもそれにしては、日本人の体格はちっとも向上しませんね。
岸〜身長は伸びています。十五歳で十センチ伸びた。体力はだめね。
雁屋〜ワールド・ベースボール・クラシックがあったでしょう。日本と韓国の試合なんかを見ると、韓国の選手の方がひとまわりかふたまわり体が大きいんですよ。胸も厚いし。
岸〜韓国は野菜の摂取量が倍よ。ジョン・キョンファさんのキムチ漬けのツアーに取材で行ったことがあるんです、農家に一晩泊って。私たちは中流の農家だったけど、朝から野菜が七、八種類出てくるわけ。わかめをごま油で炒めてちょっと味つけたのとか、キムチは白菜のほか大根もあるし、きゅうりのオイキムチもあるしっていう感じで。それにごはんと味噌汁。卵焼きにはワケギが入っていておいしかった。トイレに行ったら、韓国のトイレって大きいんですよ、お風呂場と一緒で。そこの植木鉢にワケギが植わってて、さっきのワケギはここからとったのかって(笑)。お風呂場が大きいんですが、バスタブがなくてシャワーだけなのね。かわりに、一週間か二週間に一回アカスリの店に行くんですって。
それから、スープが違うじゃない。日本は昆布だしとか煮干だしでしょう。あっちは元スープっていって牛の骨なんですよ。冷めると煮こごるようなものを食べているから骨格も違う。それに、戦前から、球技は朝鮮の人が強かった。私はバスケットが好きでよく見に行ってましたけど、大学に一人か二人はいましたね、韓国の人が。
…次回に続く
