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   <title>美味しんぼ食談</title>
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   <updated>2007-05-28T09:29:45Z</updated>
   <subtitle>塾長雁屋哲と、料理記者暦５０年の岸朝子が、思わず口元がゆるむ「うまい」話から、『美味しんぼ』の知られざるエピソード、昨今のグルメブームへの警鐘まで語り合った「美味しんぼ食談」。その第一回目は、まずは今まで食べた中で一番美味しかったものの話から、始まり、始まり・・・・・・</subtitle>
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   <title>ゲテモノ食いという快楽（その２）</title>
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   <published>2007-05-28T09:23:03Z</published>
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   <summary>ベトナム屋台の「ホビロン」とは 雁屋〜それでは、岸さんのいま一番食べてみたいもの...</summary>
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      <![CDATA[<h2>ベトナム屋台の「ホビロン」とは</h2>

<strong>雁屋</strong>〜それでは、岸さんのいま一番食べてみたいものを。

<strong>岸</strong>〜食べたいものではなくて、食べられないもの、食べたくないものっていうのは、フィリピンのひよこが孵ったばかりの……。

<strong>雁屋</strong>〜フィリピンじゃない、ベトナム。孵化の途中のアヒルの卵を茹でたものでしょう。

<strong>岸</strong>〜フィリピンにもあるって。あれだけは食べたくない。召し上がった？

<strong>雁屋</strong>〜ベトナムで、「ホビロン」というの。

<strong>岸</strong>〜どんな味？

<strong>雁屋</strong>〜おいしいですよ。コクがあって、もちろん嘴とか羽根になってるのは舌触りがちょっとざわざわしますけど、味自体は大変いいものですね。僕は栗はあまり好きじゃないけど、栗みたいな濃厚ないい味で、あれはくせになりますよ。なにしろ、たまごと雛のいい部分がまざってるんですから。

<strong>岸</strong>〜生で食べるわけ？

<strong>雁屋</strong>〜茹でるんです。茹でてそのままおさじですくって食べる。これはベトナムの人たちのおやつだもん。屋台でたくさん出てる。おいしいですよ。

<strong>岸</strong>〜じゃあ、食べてみたいと言いなおしましょう（笑）。

<strong>雁屋</strong>〜そんなことを言えば、豚の胎児を刻んだやつとかあるじゃない。

<strong>岸</strong>〜私は、昭和五十二年ぐらいだからもう三十年近くなるんだけど、昭文社で食べ歩きの本をつくったんですよ。山本嘉次郎の本が前に出ていて、それが古くなったので新しくつくりかえてくれと言われたんです。文庫本より小さいぐらいのサイズで一冊五百円で八冊。毎日新聞の部長さんで佐々木芳人さんという『赤エンピツ片手の食べ歩き』という本などを出してる方と、その方が見つけてきた近衛文磨さんの次男の近衛通隆さんと、私の三人で組んでね。
　佐々木さんは作家の開高健と仲がよかったのね。開高健が大阪で食べた豚の胎児を刻んだのがおいしかったというので、佐々木さんが行ったら、一見さんはだめって食べさせてもらえなかった。それがよっぽど悔しかったらしく、三河島の店で食べさせてくれるというので出かけたんです。普通の焼き肉屋みたいなところでしたけど、岸さんも料理記者だから食べてみなさいって言われて、食べましたよ。
　ラーメン丼の中に酢味のスープが入っていて、その中に豚の胎児が入っている。食べると、皮の部分がシャリシャリしてて、子袋はトロントロンとしてね。食べながら佐々木さんは「何が開高健か、何が開高健か」って。私も商売だからふた口ぐらい食べてみましたけど。

<strong>雁屋</strong>〜別にうまくないですね。

<strong>岸</strong>〜そう、あれは結局、胎児が入った子宮を刻んだものよ。

<strong>雁屋</strong>〜僕も大阪で食いましたけど、そんなうまいもんじゃなかった。一回で結構、何度も食べたいとは思わなかった。


<em>つづく...</em>
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   <title>ゲテモノ食いという快楽（その１）</title>
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   <published>2007-05-18T03:10:16Z</published>
   <updated>2007-05-18T03:15:23Z</updated>
   
   <summary>「世界残酷物語」に出てきた禁断の料理 雁屋〜いよいよ最終章ですから、「いま一番食...</summary>
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      <![CDATA[<h3>「世界残酷物語」に出てきた禁断の料理</h3>

<strong>雁屋</strong>〜いよいよ最終章ですから、「いま一番食べてみたいもの」を話してみませんか。

<strong>岸</strong>〜食べたことがないから食べてみたいもの？

<strong>雁屋</strong>〜食べたことがないからでもいいし、既に食べたけど、あれはもう一度食べたいというものでも。

<strong>岸</strong>〜何、あなたは？

<strong>雁屋</strong>〜サルの脳味噌。

<strong>岸</strong>〜やだぁ。食べたことあるの？

<strong>雁屋</strong>〜ないない。ジャコペッティの「世界残酷物語」という映画の中で、サルの脳味噌を食うという場面がある。そこで、食通といわれてるいろんな人に聞いてみたんです。中国の人にも香港の人にも聞いてみたが、あれは嘘に決まってるって。たしかに、どこの文献にもどの本にも誰の話にも、出てこない。ただね、羊の脳味噌はよく食べるでしょう。

<strong>岸</strong>〜あれはおいしいですよ。タラの白子みたいな味で。スープにしたりもしますよ。

<strong>雁屋</strong>〜羊や子牛の脳味噌を食うんだから、中国人だったら絶対にサルの脳味噌を食ってると思いますよ。

<strong>岸</strong>〜そうよね、四つ足で食べないのはテーブルだけって言ってるんですからね。

<strong>雁屋</strong>〜二本足のものも、母親以外は食べる。

<strong>岸</strong>〜中国の 諺 にあるわね。

<strong>雁屋</strong>〜父親は食うんだ？二本足で食べないのは母親だけだって。でも、例のクロイツヘルツ・ヤコブ病以来、脳味噌の料理は一切だめになっちゃったね。調べてみると、羊の脳味噌を食べているアラブ諸国はヤコブ病の発症率が高いんですって。僕はサルの脚や腕は食べたことがあるんです。とてもしんなりして、身が詰まってておいしかったんですよ。だから、なんとか脳味噌を食えないかなと思ってね。

<strong>岸</strong>〜でも、脳味噌をすくって食べるというのは、ちょっとねえ。

<strong>雁屋</strong>〜ジャコペッティの映画では、大きなテーブルにみんなが集まってるところに、手足を縛りつけたサルを箱に入れて運んできて、サルは顔だけ出てるんですよ。サルはわからないから、キョロキョロしてるところをうまい具合に頭蓋骨を外して、生きてるうちにサルの脳味噌にスプーンを突き立てて食べるわけです。

<strong>岸</strong>〜おおいやだ。薬を飲ませるのかしら。

<strong>雁屋</strong>〜薬を飲ませたらだめ。血の中に薬が入っちゃうから。麻酔の注射とかも打てない。僕は昔『二七〇〇年の美味』（角川書店）という本を書いたんです。そのときには、声が出ないように麻酔の鍼を打って、すくって食べるという設定にしましたけどね。

<strong>岸</strong>〜どんな内容の小説？

<strong>雁屋</strong>〜主人公は美食を追求した果てに、美食の王みたいな人に「じゃあ、最高においしいものを食べさせてやる」と連れていかれる。いろんなものをごちそうしてくれるんだけど、最後どうも様子が変だ。気がついたら、鍼を打たれて身動きできなくなった状態で、テーブルの真ん中に首だけ出して座らされてる。中国人が頭の皮をすっと剥いで、頭蓋骨をポコッと外して、「まず本人が食べなさい」って、自分の脳味噌を口に入れてくれるという小説を書いたんです。


<em>つづく...</em>]]>
      
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   <title>「美味しんぼ」の基本思想   その2</title>
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   <published>2007-05-01T01:11:12Z</published>
   <updated>2007-05-01T01:13:37Z</updated>
   
   <summary>二十一世紀は日本料理の時代だ 岸〜私は「日本に帰ろう」って、この間書いたんだけど...</summary>
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         <category term="「美味しんぼ」の基本思想" scheme="http://www.sixapart.com/ns/types#category" />
   
   
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      <![CDATA[<h3>二十一世紀は日本料理の時代だ</h3>
<strong>岸</strong>〜私は「日本に帰ろう」って、この間書いたんだけど、日本はすばらしい食材がいっぱいあって、季節ごとの味もある。食卓にこれだけ季節を感じさせる国ってないと思うのよ。それを食べる調理法がある。おいしい調味料もある。それを食べていれば体にもいい。だからいま私は、「二十一世紀は日本料理の時代だ」って言ってるの。昔は暖房もなくて寒かった。だから、ヨーロッパの人たちは自分の体に脂肪をつけなきゃいけない。アメリカの漫画とか映画で、ふとっていて、パイプをやってるのは金持ちだったけど、三十年、四十年ぐらい前から変わってきて、ああいうふうにふとっている人は無知と無教養と貧困のしるしだということになった。
　いまは暖房が完備してあるから寒くない。車社会になったから体にエネルギー源の脂肪をたくわえなくていい。というようなことで、カロリーはあんまり摂らない方がいいことになった。だけど、食べるものではつい摂っちゃうのよね。たとえば「料理の鉄人」でフレンチの対決のとき、ある料理人が出した鶏肉の料理に私だけはだめって×にした。なぜですかと言うから、私は「全部バターの味だもの」って答えた。バターとか、ラードの味で決める時代じゃなくなってきたと私は思う。これからは発酵調味料のおいしさね。素材を生かすということになってくると思います。
　いままでの脂にかわるおいしさといったら旨味しかないわよ。これまでは「五感五味」といって、甘い、塩辛い、ピリッと辛い、すっぱい、苦いだったのが、そのほかに「旨味」という名前で欧米の人たちにも認められてきた。「ツナミ」と同じく、「ウマミ」という言葉が通用してきたのね。

<strong>雁屋</strong>〜あるんですってね、発見されたのね。

<strong>岸</strong>〜発見されて、認定されたの。だからたとえば、フランスの有名な料理人のジョエル・ロブションはお醤油を使っているってはっきり言うし、お味噌はまだ使ったことないけど使ってみたいと言ってる。お酢も日本酒もみりんも全部発酵調味料でしょう。

<strong>雁屋</strong>〜オーストラリアで「テツヤ」というレストランがあるでしょう。あれも日本のものをたくさん使うわけですよ。彼は調理に絶対動物性の脂を使わない。すべて植物性の油で、バター、クリームは一切使わない。それがまたものすごく受けてるの。あれは日本の味の一つの形でしょう。

<strong>岸</strong>〜昆布なんてほとんどそうですものね。「錦戸」というお店の昆布なんて、スッポンの煮汁でつくったものなのよ。旨味が凝縮されている。

<h3>日本文化の広さと深さは誇っていい</h3>
<strong>雁屋</strong>〜私も子どもは全部成長したし、来年あたり日本に帰りますよ。日本は景色は汚いし、狭いし、いらいらする。だけど、文化がすごく深い。たとえば本屋に行ったって、レコード屋に行ったって、その数と種類がすごい。海外のレコードコレクターが言うんです、日本は天国であり地獄だって。日本に来れば、ほかでは手に入らないレコードが手に入る。天国だ。そのかわり、あまりにいいものがありすぎて地獄になっちゃうって。

<strong>岸</strong>〜お金が足りなくなっちゃう？

<strong>雁屋</strong>〜あれも欲しい、これも欲しいと。海外のレコードコレクターが日本にレコードを買いに来るんだって。そういう意味で、日本人の持っている文化に対する愛着心というのはものすごく深い。神田の古本屋を見ても、あれだけすごい本がぎっちり詰まった本屋が並んでるなんて、世界中にありませんよ。ニューヨークに一軒、すごい古本屋があるし、パリにも何軒かいい古本屋があるけれど、神田の古本屋街に及ぶところはない。そして、日本のレコード屋にかなうレコード屋も、どこにもない。
　日本というのは、地理で示すと地球の中でほんとうに小さいものだ。ところが、もし文化の面でだけ描いたら、地球のかなりの部分を占めると思う。アメリカ大陸ぐらいは日本が占めちゃう。

<strong>岸</strong>〜私は、日本人がもう少し自信を持つといいと思う。あんまり日本はだめだ、だめだって言い過ぎたから。

<strong>雁屋</strong>〜もちろん食べ物だって、やっぱり一番うまい。オーストラリアでなければ食べられないおいしいものもありますよ。だけど、食べ物全般でいったら、この年になるとやっぱり和食になってくるでしょう。日本のように、暖流と寒流がぶつかってでき上がった、全く自然のいい条件の海なんてないわけだから。そこで獲れた魚は種類も豊富だし、味もいいんですよね。脂がのって。
　日本人は他国の文化にすごく興味を示すでしょう。世界中の文化を知りたかったら、まず日本語を勉強すればいい、日本では世界中の文化が翻訳されているからと言った人がいる。そのくらい日本の翻訳文化はすごいわけ。それは、日本のものを捨てて、外国のものに憧れるということではないんだな。諸文明をうまく取り入れて自分たちの形にしていくのが、日本の文化だと思う。たとえば料理だって、熊谷喜八さんのように、外国のものを取り入れて日本の料理にしちゃうでしょう。それが日本の文化のすごさであって、卑下することは何もない。この文化の広さと深さはすごいですよ。]]>
      
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   <title>「美味しんぼ」の基本思想  （その1）</title>
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   <published>2007-04-01T21:02:32Z</published>
   <updated>2007-04-01T21:04:42Z</updated>
   
   <summary>食に対する二極分化が始まった 雁屋〜「美味しんぼ」はなんといっても、基本的に本物...</summary>
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         <category term="「美味しんぼ」の基本思想" scheme="http://www.sixapart.com/ns/types#category" />
   
   
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      <![CDATA[<h3>食に対する二極分化が始まった</h3>

<strong>雁屋</strong>〜「美味しんぼ」はなんといっても、基本的に本物を追求してきたわけです。いま社会が二極分化していて、ただ安ければいいというものを求める人と、本物を求める人があらわれてきた。こういうところは、これから心強いと思うんですよね。いったん本物を求める形が出てくれば、いままで安ければいいと言ってた人たちだって、やっぱり本物の方がいいっていうことになると思う。本物の市場がこれからもっと大きくなるだろうと思うし、本物志向をする人たちがもっと増えてくるだろうから、ある意味で楽観的だけど、食べ物の状況は僕はよくなっていくと思う。よくなっていかなかったら困る。

<strong>岸</strong>〜日本は滅びる。

<strong>雁屋</strong>〜これからの状況として前に言った家庭内の食の崩壊とか、そういう問題点はあるけれども、それとは別に、家族全員で本物の食べ物を追求しているという人たちもだいぶあちこち見聞きしてるわけだし、どうも二極分化しちゃってるような気がする。

<strong>岸</strong>〜手づくり料理にこだわる人とかね。

<strong>雁屋</strong>〜そういう人もたくさんいるし、家族で菜園をやったりね。そういう人が増えてきている。崩壊している家庭をもう一度つくり直すような方向に、漫画の力でもっていけるというのは不遜だけど、とにかく、そういう方面を追求していって終わりにしたい。

<strong>岸</strong>〜いやだ。終わらないで。

<strong>雁屋</strong>〜ほかの本が何を書いてもキッコーマンは文句を言わなかったけれど、『美味しんぼ』は影響力が強いから文句が来た。漫画はたとえば一冊につき百万部とか売れると、五百万六百万の人がそれを見る。漫画はわかりやすくて、そして持続するんですよ。

<strong>岸</strong>〜そうね、インスタントラーメンには味の素が入っている、だから食べさせないっていうけれど、子どもたちは実際に食べてるの。食べていることを認めて、それを炭水化物として一日一回とか三日に一回食べなさい、という方向に持っていかないとね。いつまでも食べてはいけないじゃ、現実の生活と離れた理想論よ。

<h3>原則を知って行動しよう</h3>

<strong>雁屋</strong>〜ただね、僕の基本としては、この線は守らなきゃだめっていうのをきっちり引いておくわけです。「本物であることをとにかく追求してみてくれ」と。「最初から本物でなくてもいいよ」ということになっちゃうと、何でもいいことになっちゃうでしょう。だから、最初に厳しい原則をつくっておかないといけない。
　原則ってものがないと世の中だめなんですよ。ちゃんと原則は心得ているけれども、時にはその原則からちょっと外れなければならない場合がある。それは仕方がない。たとえば僕自身が、原則はああだこうだ言ってるけども、現実問題として、買うときはスーパーで買って食べてるわけですよ。日本にいたときは、いろんな食べ物をできるだけ現地から取り寄せて食べてましたけど、オーストラリアに行ったらそうはいかない。普通のスーパーや日本食のスーパーに行って、日本で売ってるのと同じようなものを買って食べてるわけですよ。ほかに手に入らないから、しょうがないんだけど。
　そういうことから考えると、原則はきちんと持っていても、それを崩さなければならないときがある。だけど、原則があれば、必ず原則に沿ったものを探し求めようという努力はするわけですよ。だからいまシドニーではみんなで騒いだりして、有機飼料の鶏や豚が手に入るようになりましたものね。誰かが原則を立てて、騒がない限り、生産者の目はそっちの方に向かない。

<strong>岸</strong>〜売れなきゃつくらないからね。中国でも、日本では減農薬・有機栽培の野菜が高く売れるといって、その方向に向いてきたと聞いたけれど……。

<strong>雁屋</strong>〜原則を知らなかったら、それに対してなんの反応も示せないわけです。だから、意地でも僕の漫画では原則をきちっと通さなかったらだめなんですよ。そこのところは僕の基本線ですね。それを崩しちゃいけない。原則とは何かということを、きちんとみんなにわかってもらわないと困る。そうしないとほんとにだらだらとどうにでもなって行って、わけがわからなくなっていっちゃう。

<strong>岸</strong>〜あげく、何のために生きてるかもわからなくなるの。

<strong>雁屋</strong>〜ものの原則をきちんと定める。生きることもそうだし、何だってそうなんだと思います。これが、僕は『美味しんぼ』の基本だと思っています。これから漫画を書いていく上でも必ずそうしていくし、それを崩すことはないだろう、エッセイを書くときもね。それが僕の生き方そのものだから。岸さんが雑誌に記事を書くのだって、僕が漫画を書くのだって、その人の生き方から外れたものは書けませんよ。急に僕が色っぽいものを書けるわけがないしね。


<em>つづく...</em>]]>
      
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   <title>食卓は教育の場である（その２）</title>
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   <published>2007-03-17T01:20:47Z</published>
   <updated>2007-03-17T01:25:14Z</updated>
   
   <summary>うどんとそばは音を立てて食え 岸〜Ｃ・Ｗ・ニコルの息子と一緒に料理したときに、ジ...</summary>
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         <category term="食卓は教育の場である" scheme="http://www.sixapart.com/ns/types#category" />
   
   
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      <![CDATA[<h3>うどんとそばは音を立てて食え</h3>

<strong>岸</strong>〜Ｃ・Ｗ・ニコルの息子と一緒に料理したときに、ジャガイモの芽を一生懸命取ってたのね。「いま日本はジャガイモの芽は大丈夫なのよ」と言ったんだけど、「僕はおじいさんから習った」って答えた。イギリスでは台所が教育の場所だったの。

<strong>雁屋</strong>〜うちの子どもたちはかつぶしをかくのが当たり前になってますよ。僕が具合悪くなっておかゆを食べるとき、おかかが必要でしょ。そうすると、次女が花びらのようにふわっと上手にかいてくれる。

<strong>岸</strong>〜刃はどうやって磨くの？

<strong>雁屋</strong>〜僕が研ぎます。外して、砥石でシュシュシュと。指にきりきりっと当てて。それをするとしないでは大違い。

<strong>岸</strong>〜娘の友だちで甲府にお嫁に行った人が「ねえ、知ってた？　お米って木になるんじゃなくて、草になるのよ」って。東京育ちってそんなものよ。うちのお嫁ちゃんはソラマメを見て「へえ、これがソラマメ！」って。空を向いてるからソラマメと言うのを教えたんだけど、こうした農と食を結びつけて教育する必要性も痛感しますね。

<strong>雁屋</strong>〜カレー粉だって、カレーの実があってそれをすりつぶしたんじゃないですからね。食文化の伝達という点では、イタリアで聞いたんだけど、日本人の観光客が来るとみんな脅威を感じるという。スパゲッティをズーズーと音をたてて食べるから。私の家にもう十年以上一緒に働いてくれてるオーストラリア人の助手がいるんですよ。そいつに「うどんとそばの食い方を教えてやる。うどんとそばは、音を立てなきゃだめなんだ」って言うんです。僕がスパゲッティを食べるときに音を立てるか。音を立てずにきれいに食べるだろう。でもうどんとそばのときには、音を立てなきゃだめなんだ。おまえも音を立てろって言うんだけど、ズルズルッてできないんですよ。最近ようやくジュルジュルぐらいになってね。

<strong>岸</strong>〜吸うってことができないのよ。スプーンでしょう。なんでもお箸で食べちゃうのは日本人だけだからね。

<strong>雁屋</strong>〜いまはなくなっちゃったんだけど、シドニーにいいそば屋があったの。そこに行ったときに、僕がズズズズーって食べたら、店主が出てきて、こんないい音でそばを食べてくれるの誰だって。

<strong>岸</strong>〜赤坂の砂場に中村吉右衛門が来てそばを食べてるのを見たことがある。ほんとに絵になってるのね。私は洋服を汚すと嫌だから、そばちょこを持っちゃうんだけど、ちょこを置いたままでスーってこんな長いそばを一気に吸って、本当にかっこよかった。

<h3>ちゃんとご飯を食べさせれば大丈夫</h3>

<strong>雁屋</strong>〜それでは崩壊した食卓をどうしたらいいのか、という話をしましょう。僕の父だってものすごく忙しかったわけだけど、土日は父がつくったり、外に食べに行ったりして、家族がきちんとまとまっていた。週に二回、家族がきちんと集まる日があれば大丈夫っていうのが僕の経験から。父がものすごく忙しくて帰って来られないとき、母は土曜日の午後に家族のための茶話会を開いた。そのころ高級だった紅茶をいれてくれて、家族でただのんびりおしゃべりをする。そういう努力をこれからのお母さんたちはしてほしいね。もし、毎晩夕食を一緒にというのが無理だったら、おしゃべりをする時間をつくる。茶話会でいいんですよ。

<strong>岸</strong>〜うちは子どもたちが夜、食事が済んだあと勉強をしたりしてて、九時か十時ごろ居間に集まるわけ。そうすると父が「なんだここは山賊の家か、夜みんなが集まって」（笑）。そういうふうに、みんなが集まる場所も必要。

<strong>雁屋</strong>〜そうですね、集まる場所と集まるときがなきゃね。

<strong>岸</strong>〜うちの場合、私は外で働いていましたけど、子どもたちがうまく育ったのは、ひとことで言ったら、ちゃんとご飯を食べさせたからだと思う。私は夕飯の支度をして出かけていましたから。残業が続いてちょっと手を抜いたりすると、子どもたちが荒れましたね。なんとなくざわざわした。母親が働いていて忙しいというのは、子どもたちにはやっぱりさびしいことよね。私が風邪ひいて寝込むと、下の二人は小学生でよく早退けしてきた。頭が痛いからって。

<strong>雁屋</strong>〜一緒にいたいからだ。

<strong>岸</strong>〜いろんなことがありましたね。でも、食事というのは親が子どもを捕まえておく紐だと思う。それをやらなくなったら家族はばらばらだし、親のありがたさもわからないんじゃないかしら。


<em>つづく...</em>]]>
      
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   <title>食卓は教育の場である（その１）</title>
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   <published>2007-03-09T03:27:34Z</published>
   <updated>2007-03-09T03:31:10Z</updated>
   
   <summary>家族そろって食べる、という楽しみ 岸〜「食卓の崩壊は家族の崩壊」ということを、私...</summary>
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      <![CDATA[<h3>家族そろって食べる、という楽しみ</h3>

<strong>岸</strong>〜「食卓の崩壊は家族の崩壊」ということを、私は二十年ぐらい前から言ってるんです。そうしないと、食文化の伝達もないわけよ。「肘をついて食べちゃいけませんよ」とか「べチャベチャ音をたてちゃいけませんよ」とか、「いただきます」「ごちそうさま」の挨拶。それから年寄りをいたわるってこともね。

<strong>雁屋</strong>〜最近の子どもたちの、物を食うときの汚いこと。要するに、きちんとしたものをきちんとしたところで食べたことがないんでしょう。家でちゃんと食べていればあんなことにならない。

<strong>岸</strong>〜家でも一人で食べてるっていうんだから。タクシーの運転手がボランティアで非行少年の施設に行って面倒をみてるんですって。それで非行少年に絵をかかせると、みんな壁を見て食べてるというのね。しかもちゃんとしたご飯ではなくて、インスタントラーメンとか、コンビニのお弁当とか、食事になってないようなものばかり。食べ物というのは、お腹がすいたから食べるだけじゃなくて、プラス心を満たすものなの。心が空しくなってるのよね。

<strong>雁屋</strong>〜食事の楽しみを知らないんだな。食事の楽しみっていうのは食卓を囲んでみんなでわいわいやること。食べ物の楽しみと食事は違うものね。

<strong>岸</strong>〜食事は食べる事なのよ。

<strong>雁屋</strong>〜食事にはみんなで一緒に食べるという雰囲気も入っている。

<strong>岸</strong>〜会話も。だから、テレビは消して。

<strong>雁屋</strong>〜それを食事っていうんだ。そうでなくて、単にエサを食うだけなら「食事」とは言わない。イヌやネコが食べても食事とは言わない。

<strong>岸</strong>〜餌って食へんに耳を書くでしょう。それじゃいけない。食べる事なのよ。

<strong>雁屋</strong>〜動物にエサを与えるのは給餌っていう、それだな。だいたい家に帰ってきて母親がトントントンとまな板を叩いてる音を聞くと、ほっとしたものですよ。

<strong>岸</strong>〜うちの父はアメリカに行ったり、出張も多かったりでほとんど家にいませんでしたけど、いるときは、まず父親が座って「いただきます」と言うまでは食べられないという序列がありました。
　私が結婚してからは、主人は兵隊さんだから揃うまで「いただきます」を言わないわけよ。私は仕事がのろいから、ついお味噌汁をあっためて、とか思っていると「何してる」と言って怒る。みんなが揃って「いただきます」と言うのが家族だと。

<strong>雁屋</strong>〜いまでも僕のうちはそうです。

<strong>岸</strong>〜お父さんが座る席は決まってる？

<strong>雁屋</strong>〜もちろん。食事の支度ができると僕を呼びに来て、みんなが席についたところで、長方形のテーブルだと端の一番いいところに僕が座る。「じゃあ、始めましょう」と言って「いただきます」。

<strong>岸</strong>〜それでいいんですよ。

<strong>雁屋</strong>〜それはずっとうちは守ってます。

<strong>岸</strong>〜普通の家庭はそうだったわけね。ところが、いまはそれがない。道場さんに朝ご飯の聞き取り取材をしたとき、家族揃ってみんなで「おかわり」「おかわり」と食べた。道場さんは六人きょうだいの一番下、男の子で三番目だから六三郎っていうんだけど、「おかわり」「おかわり」でお母さんは食べる暇もないくらいだったって。私の育ったころはおかげさまで、お手伝いさんが座っていてお盆で「おかわり」をしていたけど、そういうふうな家族揃って食べるという食卓があったわけ。いまは家族がいてもばらばらで食べる。

<strong>雁屋</strong>〜うちは長いあいだ、妻の母が一緒に暮らしていてくれたんです。晩ご飯のときに、一緒に食事をしますね。そのときは、まずおばあさまから、なんです。そうしなきゃいけないことになってる。そして、僕が妻の母に対して、丁寧語、敬語を使うでしょう。だから、うちの子どもたちも自然に丁寧語、敬語を使うようになった。次男が小学校の四、五年になったときに、それまで子どもの言葉で妻の母に話していたのが、いきなり「おばあさま、これ召し上がりますか」って、僕と同じようなことを言い始めたんです。それからずっと「おばあさま、○○ですか」と丁寧語で通してました。あいつは僕が話すのを見てて、そういうふうに話すものだと思ったんでしょう。最後まで型を崩さずにきちんとやってました。
　いまでも日本から電話がかかってきて、うちの子どもたちが出ると「父はいま留守にしております。どなた様でしょうか」ときちんと言うわけ。それは食卓での教育ですよ。おばあさまを相手にしてみんなで話をする。そのときの会話のやりとりでもって、子どもは自分の地位、場所がわかるわけです。どういうところに自分がいて、どういう立場にあるのか。そういうことがわかるから、それ相応のきちんとした対応をしなければいけない。食卓というのは、実は大きな教育の場だったんですね。食卓で会話がなくなったら、家庭なんてつまらないよ。

<strong>岸</strong>〜ホームでなく、ハウスになるわね。]]>
      
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   <title>素晴らしい料理人とは（その２）</title>
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   <published>2007-02-22T21:49:35Z</published>
   <updated>2007-02-22T23:51:28Z</updated>
   
   <summary>おいしい料理人ほど、くせがある 雁屋〜僕がいままで会った料理人というのは、非常に...</summary>
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      <![CDATA[<h3>おいしい料理人ほど、くせがある</h3>

<strong>雁屋</strong>〜僕がいままで会った料理人というのは、非常にすばらしい料理をつくる人間ほど、くせが強い。
　僕はほんとに「京味」の西さんを尊敬しているんだけど、西さんは気難しくて、気持ちが先に出る。とにかくさっさっさっとやる人で、弟子がのろのろしてるのが気に入らない。つまり、普通の性格だったらああいうすばらしい料理はできない。自己主張がきちんとあって、こうでなきゃいけないということに命を賭けちゃうもんな。僕たちはわずかな違いだからいいんじゃないかと思うけど、本人にしたらだめなんだ。わずかな違いでもそこに本気で体を張っちゃう。とにかく新しい料理を創造することは普通の人間じゃできないね。作家と同じです。

<strong>岸</strong>〜料理人というのはおいしいものをとことんつくる人。鎌倉で洋菓子店を開いているホルトハウス房子さんは、自分が気に入った材料を使って独特の方法でつくったチーズケーキを一万二千六百円で売っている。材料を吟味して、納得したものをつくってから、値段を決めるわけね。

<strong>雁屋</strong>〜料理人で言うと、もう亡くなっちゃったんだけど、箱崎の「鯛ふじ」の親父さん、この人の料理はおいしかった。鯛のかぶと焼きが自慢で、僕に自分の一代記をペンで書いてくれたけど、この人もすごかったね。

<strong>岸</strong>〜私もよく行った「たい家」の出なのよ。

<strong>雁屋</strong>〜それが自慢で、とにかく鯛の頭の一番いいのをいつもとるわけだ。これは大変なことなんですよね。養殖じゃ嫌だっていうんだから。ちゃんとした鯛の頭だけなんて、なかなか手に入らない。それを焼いて、日本酒をかけて出す。その前に京都料理をまず前菜として出すわけだけど、一生をそういうものに賭けちゃった人っていうのは、ほかのものは全然構わないね。まず鯛の頭を考える。いい鯛を手に入れて、それを串にさして炭火でうまく焼く。そこに全神経を集中しちゃうんだもん。
　それから香港の「福臨門」。ここは豚の丸焼きがうまいんだけど、これは子豚を開きにして、刺股で焼くわけです。その焼く職人が上手なんですよね。職人はそれに賭けていて、それしかしない。鍬みたいな、シャベルみたいな長い柄のついた先に二股の差股がついてるの。それに開きにした子豚を刺して、畳二畳か三畳もあるような火床の上に炭を入れて、それにかざして焼くわけ。だから、子豚の皮がサクサクになる。

<strong>岸</strong>〜おいしそうね。

<strong>雁屋</strong>〜よその料理屋で子豚の丸焼きの皮を食べるとパリパリする。パリパリじゃだめなの。サクサクでなきゃ。脂は全部抜いて焼く。中国にはもっとすごい料理人がいて、魚を蒸すチンジャオ（清蒸）、それ専門の料理人がいるんだから。そいつは魚を手に持って、こう測って蒸し時間を決める。それだけをやる料理人がいる。

<strong>岸</strong>〜さっき、あなたが「いづう」のご飯が固いって言ったけど、ご飯を焚いて、寿司メシだけ合わせる専門のおばさんがいたの。私が取材したときは、もう二十年ぐらい前だけど。お寿司を混ぜているのに、しゃらしゃら音がするのね。合わせ酢を何回かに分けて入れ、順々に吸わせてなじませていく。一遍に加えるとご飯粒がお砂糖でコーティングされて、お酢の味がなじんでいかない。だから少しずつ行くんだって。

<strong>雁屋</strong>〜その人もそればっかり？

<strong>岸</strong>〜そう。せりふも決まってるわけよ。「衣擦れの音のようです」。そうやって、やわらかい寿司メシができるわけ。]]>
      
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   <title>素晴らしい料理人とは（その１）</title>
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   <published>2007-02-17T09:46:03Z</published>
   <updated>2007-02-17T09:50:28Z</updated>
   
   <summary>パリの三ツ星レストランの誇り 雁屋〜寿司屋の話と関連してくるんだけど、料理人は客...</summary>
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      <![CDATA[<h3>パリの三ツ星レストランの誇り</h3>

<strong>雁屋</strong>〜寿司屋の話と関連してくるんだけど、料理人は客を喜ばせてなんぼ、のものでね。客をもてなすということで僕が一番感心したのは、パリの三ツ星レストラン、「タイユヴァン」。そこへ友人と行って、途中でお皿を取りかえたんですよ。そうしたらマネジャーがとんできて、「そういうことをするから日本人は……」と言って、その皿を下げてしまった。どうするのかと思ったら、最初のときと同じきれいな盛り付けにしてもう一度、出してきた。それが店の誇りなんですね。

<strong>岸</strong>〜取りかえっこしちゃいけない？

<strong>雁屋</strong>〜取りかえっこしてもいいんだけれど、食いかけのやつを別の客に食べられるのが嫌だっていうわけ。食いかけのを持っていって、もう一度きれいに盛りつけし直して持ってきたものね。「なるほど、名店というところはこういう心遣いをするんだな」と。こっちがフランス語をわからないと思って、文句は言ってるんですよ、日本人はすぐ取りかえっこするから嫌なんだ、と。もしかしたら、足したりもしてるんですよね。あれが名店の誇り、心構えなんだな。あれがほんとの接客なんですよ。

<strong>岸</strong>〜私たちは商売柄、たくさんいろんな種類を食べたいってつい取りかえっこするのよね。だけど、マナーとしては嫌がられる。

<strong>雁屋</strong>〜昔、パリの三ツ星レストランで「ルカ・キャルトン」という名店があって、アラン・サンドランスがやっていた。そこであるときオマールを食ったら臭かったんですよね。「このオマール臭くて食えないよ」って文句を言ったら「すみません」てシャンペンを持ってきたんですよ。「冗談じゃない、シャンペンを貰おうって言ったんじゃないよ。一週間後にパリに戻ってくるから、そのときにちゃんとしたものを食わせてくれたらそれでいい」って言った。一週間後、予約の時間に行ったら、店の前にマネジャーから店員がずらっと両側に行列をつくって僕のことを待ってましたよ。
  
<strong>岸</strong>〜すごいじゃん。

<strong>雁屋</strong>〜ようこそ、ムシュ・トツカって。それで今度は満足。それもアラン・サンドランスの「すみませんでした」っていう誠意の見せ方ね。それが僕は本当の料理人の心遣いだと思う。一度まずいって言われたら、絶対にそれを取り返すだけのことをしなかったらだめなんですよ。

<strong>岸</strong>〜お店の評判を落としますからね。

<strong>雁屋</strong>〜一度まずいと思われたらたまらないという誇りですよね。それがすごいなあと思いましたよ。もう十何年も前だけど、その頃のパリの三ツ星レストランの料理長は心意気がありましたね。]]>
      
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   <title>こんな寿司屋はごめんこうむる（その２）</title>
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   <published>2007-02-09T03:58:58Z</published>
   <updated>2007-02-09T04:02:31Z</updated>
   
   <summary>親父が威張る寿司屋は最低だ 岸〜ただ、寿司屋で私が嫌いなのは、親父が威張ってるこ...</summary>
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      <![CDATA[<h3>親父が威張る寿司屋は最低だ</h3>

<strong>岸</strong>〜ただ、寿司屋で私が嫌いなのは、親父が威張ってることね。

<strong>雁屋</strong>〜一度、ひどい寿司屋があってね。実はあるとき週刊誌から書評を頼まれたの。ある寿司屋が自分の一代記を書いたんですよ。本にはいいことが書いてあるんだ、いろいろと。親父が寿司を握って「おい、見ろ。これはほんとにいい形にできた、ほれぼれする形だ」と言うとか。苦労話もいろいろ書いてあるし、なんかいい人みたいだなと思って、弟と二人で食べに行ってみたの。
　そうしたら、親父は横を向いてて、ほかの客と野球の話かなんかして、僕たちには一瞥もくれない。注文しても、ろくに返事もしない。握って、若い衆の前に置いて顎で指図する。若い衆がそれを手で持って僕たちのところに運んでくる。親父は握ったのを僕たちに直接渡さないわけ。

<strong>岸</strong>〜そんな失礼なの！

<strong>雁屋</strong>〜びっくりした。二人で怒り狂って出てきた。悔しいから「美味しんぼ」に書いちゃった。

<strong>岸</strong>〜でも、そういうのをうれしがる客がいるからそうなるの。

<strong>雁屋</strong>〜お寿司というのはそもそも裸の手で握る。考えてみれば不衛生ですよ。いまはおむすびをつくるんだって、ビニールの手袋をしてなんていうぐらいでしょう。裸の手で握って、それを出す。ということは、握る人と食べる人の間に心のつながりがなかったら食べられたもんじゃないですよ。職人の気持ちと食べる客の気持ちがつながらなかったら、寿司という料理が存在しないよね。
　だから、威張っている親父とか、へんてこりんなことをする親父っていうのはもともと寿司の心がわかってない。寿司の心っていうのは、親父が目の前で裸の手で握って、それを「はい、どうぞ」って出し、それを食べるに尽きる。威張ったり、客あしらいの悪いようなことをするなんて、寿司の心構えが基本から間違っている。

<strong>岸</strong>〜寿司屋を開く資格がないね。

<strong>雁屋</strong>〜そんなやつにやってもらうんだったら、器械で握ってもらった方がまだいいね。威張ってる寿司屋とか、偉そうな寿司屋なんて、最初からだめ。たとえば何を食べたらいいか、わからないお客さんがいるでしょう。僕はお寿司屋さんに行って、いちいち、あれを握って、これを握ってと言わないんです。面倒くさいから。「適当においしいの握ってちょうだい」って言うと、こっちの顔色を見ながら、この人はいま何を食べたいんだろう、どれがいいかなあ、これを出したのはちょっと失敗だったかな、みたいな「あうん」のやりとりが生まれる。それがないような寿司なんか、食べたってしょうがないですよね。回転寿司で食った方がよっぽどいいですよ。

<h3>客を見下さないのがいい寿司屋</h3>

<strong>岸</strong>〜寿司屋は値段がわからないっていうのも大きいのよね。

<strong>雁屋</strong>〜そういう点では、「久兵衛」っていうのは立派な店ですね。あるとき「久兵衛」に行ったら、隣に台湾から来た若い女性が座ったんですよ。その人が僕の妻に「このお店は高いんでしょうね」って聞いてきたのね。彼女は日本の留学生なんだけど、あちこち食べ歩きをしてるんだって。お寿司はここがおいしいって聞いて来たらしいんだけど、値段がわからないって言うのね。
　それで「予算を店長に言ったら、店長がその予算の範囲内でやってくれるから」って教えてあげたら、「一万五千円でお願いします」と彼女は言った。そうしたら、店長がいろいろ握ってくれて、かなり出たところで、「そろそろです」って。それはすごく感じがよかった。しかも、その人が台湾から来てる人だって言ったら、ネタの説明もちゃんとしてくれてね。銀座の「久兵衛」といったら、派手で高くて、お金持ちがたくさん行くみたいな印象があるけれども、お客に対する基本的な姿勢はきっちりしてますよ。

<strong>岸</strong>〜成り上がりと違うのよ。

<strong>雁屋</strong>〜威張ったりなんか絶対しないもの。そこにいる店員が全部そう。あそこは八十人か九十人いるらしいけど、その一人ひとりの客あしらいがすごくいいですよ。威張ったり、つんつんしたり、ネタがわからないのかなんて客を見下したりすることはない。そっちから全部ネタを説明してくれるもの。それが当たり前だと思うんです。


<em>つづく...</em>]]>
      
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   <title>こんな寿司屋はごめんこうむる（その１）</title>
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   <published>2007-02-02T04:35:39Z</published>
   <updated>2007-02-02T04:39:35Z</updated>
   
   <summary>初めて入った寿司屋は立ち食いの屋台 雁屋〜ラーメンと来たら次は寿司ですね。にぎり...</summary>
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      <![CDATA[<h3>初めて入った寿司屋は立ち食いの屋台</h3>

<strong>雁屋</strong>〜ラーメンと来たら次は寿司ですね。にぎり寿司っていうのは高級なものだったから、僕たちの子どもの頃は滅多に食べられるものではなかった。寿司屋に行ってカウンター席で食べるなんていうのは、ずいぶん後のことだな。僕の姉が大学を卒業して就職したとき、最初の給料かボーナスで銀座のお寿司屋さんに連れて行ってくれた。安いお寿司屋なんだけど、それがカウンターでお寿司を握ってもらって食べた最初。
　次に、高校三年の夏休みに北海道に勉強しに行くっていうんで、その前に父親が銀座の寿司屋に連れていってくれた。その寿司屋はシマアジを丸ごと冷蔵庫にしまってあるの。それを出してきて、食べるところだけすっと切って握って、また冷蔵庫にしまっちゃう。そのシマアジがおいしくてね。そういうふうに格別のものだったなあ。そんなしょっちゅう食べるものではなかった。

<strong>岸</strong>〜戦前はお寿司はとって食べる、配達してもらって食べるものだったのね。あとは、地元の屋台。おでんなんかと同じで。本間千枝子さんの本に、「お食事をしに行くというと、お父様と待ち合わせて銀座四丁目、尾張町へ行って、ちょっとお寿司をつまんで、それから料理屋に行った」と書いてあったわね。本間さんは私より十歳下だから、昭和十年代でしょうね。

<strong>雁屋</strong>〜昔は一食全部寿司を食うなんていうことはなかった。

<strong>岸</strong>〜家にとれば別よ。寿司屋に行くっていうことはなかったですね。私が生まれて初めて寿司屋に行ったのは、大塚の三業地の入り口にあった屋台。三業地は大塚駅から自宅までの近道だったんだけど、私たちは通っちゃいけないって言われてた。たしか亀寿司という寿司屋だったと思うけど、そこに母の弟が連れて行ってくれた。立ち食いでしたね。うちに帰ってお母様に言っちゃいけないよって固く口止めされたけど。

<strong>雁屋</strong>〜ほんとに立ち食いなんですか、座れないの？

<strong>岸</strong>〜だって屋台だもの。ラーメン屋とかと同じ屋台。たぶん小学校の二、三年頃ね。ということは、昭和八年ぐらい。

<strong>雁屋</strong>〜そうすると、同じ時代に銀座には「久兵衛」のような高級な店があり、一方でそういう屋台の店と、両方あったわけだ。志賀直哉の『小僧の神様』ってあるでしょう。志賀直哉とおぼしき人間が誰かと一緒に食事をしているんですよね。あれなんかちゃんとした店ですよね、屋台じゃない。だから単につまむだけではなくて、一食食ってたんだなあ。それとも、酒を飲むだけだったのかなあ。

<h3>寿司屋が小料理屋のようになってきた</h3>

<strong>岸</strong>〜寿司屋が飲み屋になったのは戦後よ。お茶とお寿司だけを食べるのが本物だったでしょう。椅子席ができて寿司屋が飲み屋になったのは、私は気に入らないのね。なぜかというと、戦後まもなくはお刺身なんてお寿司屋に行かないと、食べられなかったじゃない。ところがいまの寿司屋は小料理を出すようになったでしょう。

<strong>雁屋</strong>〜あんまりなんかつくったものを出すのは嫌ですね。途中でお汁を出したりされると嫌になっちゃうな。単にいかにも寿司ネタを切って出しました、みたいなのはいいけど、変に凝りはじめるとね。ワインを飲ませる寿司屋とかね。

<strong>岸</strong>〜この頃、増えたわよ。

<strong>雁屋</strong>〜それが、親父が指定するんだって、この寿司にはこのワインって。

<strong>岸</strong>〜うるさい。

<strong>雁屋</strong>〜僕は静岡にいなかがあったでしょう。静岡に行くと、伯母がお寿司をつくってくれるわけです。なんてたって、にぎりがおむすびみたいにでかい。その上に静岡県ですからカツオがあるんですね。

<strong>岸</strong>〜カツオをづけにして。

<strong>雁屋</strong>〜づけじゃなくて、普通にのっける。カツオの刺身もでかいけれども、下のご飯がまたでかい。それをダーッと並べるわけ。それを見て、自家製のお寿司というのはすごいなと思った。にぎり寿司なんて家庭ではつくるものじゃなかったから。

<strong>岸</strong>〜にぎりはつくらない。押し寿司か巻き寿司で、遠足のお弁当。ちらし寿司は春秋のお彼岸。

<strong>雁屋</strong>〜誕生日にそんなものをつくってもらいましたね。
岸〜お寿司というのはもともとそういうものね。ただ、関東の寿司と関西の寿司は、箱根の山を越えると砂糖が倍になるっていうぐらいに違う。関西の寿司は甘いのよ。

<strong>雁屋</strong>〜京都で評判の寿司屋に行ったけど、ご飯が甘くてべちゃべちゃ。大阪寿司の「吉野寿司」とかはおいしいけど。

<strong>岸</strong>〜さば寿司は一本の片身をつけるのね。「いづう」ではばってらをボートのかたちにするんだけど、親父さんが、「こけら寿司は倹約して一本使わないで端っこをのっける。絶対にうちの寿司と間違えないでくれ」って、いつも言ってた。

<strong>雁屋</strong>〜たしかに京都のは、棒寿司だから丸々使ってますよね。でも僕は「吉野寿司」の方がうまいと思うな。「いづう」のはめしが固すぎる。固くしめ過ぎですよ。ご飯の粒がわからなくなっちゃうぐらい押してるから。

<em>つづく...</em>]]>
      
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   <title>なぜ日本人はラーメンが好きなのか（その４）</title>
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   <published>2007-01-20T00:38:43Z</published>
   <updated>2007-01-20T00:42:54Z</updated>
   
   <summary>世界に広がるインスタントラーメン 岸〜いま私は「インスタントラーメン食べてもいい...</summary>
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      <![CDATA[<h3>世界に広がるインスタントラーメン</h3>

<strong>岸</strong>〜いま私は「インスタントラーメン食べてもいいよ。だけど、そればっかり食べてると栄養失調になっちゃうよ」という言い方をしている。いくらビタミンB1が添加してある、カルシウムが添加してあるといっても、あくまでも炭水化物、エネルギー源として食べるべき。しっかりほかの食品も食べましょう、ということを言っています。
　まもなくソウルで世界インスタントラーメン大会が開かれるんだけど、いまインスタントラーメンの生産量は世界中で八百五十六億食ある。消費量が一番多いのは中国、その次がインドネシア。

<strong>雁屋</strong>〜インドネシア？

<strong>岸</strong>〜インドネシアって島が多いじゃない。保存できるカロリー源ですから。保存食といっても、この頃、賞味期限ですぐ捨てちゃうけど、カビがはえないのは水分がないから。だから、そうめんなんかでもいつまでもとっておける。そうめんはある程度置いておいた方がおいしくなるっていうのは油が抜けるから。そういう知識がなくて、なんでもかんでも捨てちゃう、というのは間違い。

<strong>雁屋</strong>〜しかしねえ、インスタントラーメンとコーラと、そんなのばかり食ってるんじゃ体に悪いもんなあ。

<strong>岸</strong>〜ベトナム戦争だって、チキンラーメンとゴム草履で勝ったといわれてるのよ。

<strong>雁屋</strong>〜ゴム草履は知ってたけど、チキンラーメンは知らなかった。

<strong>岸</strong>〜チキンラーメンをパチパチ砕きながら食べていたんだって。だけど、あれはあくまでもエネルギーを満たすものであって、食事ではない。

<strong>雁屋</strong>〜学生の頃は食べましたよ、僕も。受験のときも。

<strong>岸</strong>〜うちの孫も受験のとき、すごくふとっちゃってね。「午後の紅茶」と「チキンラーメン」を二カップずつ食べてて。

<h3>ラーメン・ブームの火付け役は誰か</h3>

<strong>岸</strong>〜ただね、日本の主婦がラーメンという食べ物があると知ったのは、インスタントラーメンのおかげなのよ。私たちの年代、おばさんたちは誰もラーメンを知らなかったの。

<strong>雁屋</strong>〜インスタントラーメンのおかげですか。

<strong>岸</strong>〜そうですよ。ラーメンという言葉はインスタントラーメンから生まれたの。

<strong>雁屋</strong>〜あれまあ。

<strong>岸</strong>〜札幌ラーメンというのはありましたけどね。それは『暮しの手帖』の読者ぐらいで、一般には「ラーメン」という言葉は使われてなかった。
雁屋〜そうしたら、インスタントラーメンからラーメンという言葉が定着して、こんなにラーメン屋がさかんになったわけだ。インスタントラーメンがなかったら、いまのラーメンブームはなかったのか。チキンラーメンがそもそも始めなんだ。驚いたなあ。

<strong>岸</strong>〜そうなの。それで安藤百福さんがチキンラーメンをなぜ考えたかといったら、みんながお腹をすかして雑炊屋に並ぶような時代に、お腹を満たせば世の中平和になるって。それはたしかよ、食べものがなくなれば戦争になりますよ。

<strong>雁屋</strong>〜アメリカはあんなに飽食の時代なのにひとの国に戦争しに行くじゃない？　しかしいまのは面白い話だなあ。

<strong>岸</strong>〜ラーメンを食べたことがなかった人たちがラーメンという言葉を知って、ラーメン屋にも入るようになった。私は編集者だったし、中国のまねをしたラーメン屋があったから行きましたけど。主婦の友社時代には子どもたちをバレエとかオペラなんかに連れていくときに、そのラーメン屋でラーメンを頼むと、席がなくて外で食べたくらい。ラーメン屋そのものが珍しかった。いまはバス停一つに五軒ぐらいあるけどね。

<strong>雁屋</strong>〜じつは、ラーメンをきちんと自分たちのホームページでやろうとしてるんですけど、これほど議論百出の食べ物はない。好き嫌いがこれだけある食べ物もない。それなのにラーメンという一つの領域、一つの決まった世界ができちゃっている。日本人はラーメンというものだけは、とにかく好きなんですよね。

<strong>岸</strong>〜私は昭和四十六年に初めてアメリカに行ったんですよ。「キッコーマンの奥様大学」という企画に同行したのね。カップ麺ができて間もない頃で、「カップヌードル」といってみんなが食べていた。私が『栄養と料理』の誌面で「あるのは炭水化物だけで、ビタミンがない」とさんざん書いているときに、アメリカに行ったら、ヘルシー食品だってＯＬが食べている。それで帰国して香川綾学長に「先生、向こうではヘルシー食としてインスタントラーメンを食べてるんですよ」と言ったら、「それはそうでしょう。あんなに動物性脂肪を食べている国の人たちが一食でもヌードルを食べれば、それだけ健康にいいはずだ」って。それだけものの考え方が違っていたわね。]]>
      
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   <title>なぜ日本人はラーメンが好きなのか（その３）</title>
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   <published>2007-01-11T22:41:28Z</published>
   <updated>2007-01-11T22:43:52Z</updated>
   
   <summary>カップ麺に問題はないのか 岸〜インスタントラーメンができたのが昭和三十三年で、日...</summary>
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         <category term="なぜ日本人はこんなにラーメンが好きなのか" scheme="http://www.sixapart.com/ns/types#category" />
   
   
   <content type="html" xml:lang="ja" xml:base="http://www.oishinbo.net/syokudan/">
      <![CDATA[<strong>カップ麺に問題はないのか</strong>

<strong>岸</strong>〜インスタントラーメンができたのが昭和三十三年で、日清チキンラーメンが最初。カップラーメンができたのが四十六年。四十七年の浅間山荘事件で過激派が一か月ぐらい山中に籠っていたんだけど、カップラーメンばっかり食べていたというのね。それで、ビタミンB1欠乏症になった。ネズミの実験で、ビタミンB1欠乏になるとすごく獰猛になって噛み殺すのね。当時、私は原稿に書きましたよ。

<strong>雁屋</strong>〜じゃあ、あれは食い物が悪かったから仲間内で殺し合いをしたんだ。

<strong>岸</strong>〜昭和三十三年、主婦の友社にいた若い子が、私の上司と一緒にインスタントラーメンの発表会に行った。そうしたら「これは非常に栄養のある栄養食品です」と日清の安藤百福さんが言ったというのね。だけど、帰ってきてから「栄養があるとあの人は言ってたけど、そうじゃないわよ。カロリーがあるって言わなきゃいけなかったのよ」って。それはいい言葉だと思った。おなかがすいてサツマイモの茎でも食べたような時代には、エネルギー源としてあれがよかったわけよね。
　それが四十六年にカップラーメンになって、そのまま食べられるから楽だということになった。だけど卵が入っているといっても、主婦連で調べたら、あれは一グラムのドライ卵。若い子たちがカップラーメンとコーラを飲んで運動をしているから軽い脚気状態で担ぎ込まれるということもあったんです。そういうのをあの頃『栄養と料理』にじゃんじゃん書きました。それと、油の酸化の問題。また、悪くならないのは保存料の添加がある、というような批判をしたのね。
　ところが私が昭和五十四年に「エディターズ」という会社をつくって十年ぐらいしてから、たまたま博報堂の人が、どうしても栄養士たちと手を結びたいと言って私のところにカップラーメンの依頼をしてきた。それで改めて取材してみたら、そうした問題はほとんどクリアしてあったわね。
　だから、あなたが漫画で批判したら、醤油メーカーが追っかけで丸大豆を使うようになったというのと同じね。私が編集者をしていてよかったなと思ったのはそういう時。

<strong>雁屋</strong>〜料理記者としてカップ麺の批判をしたら、ちゃんと業界が応えてくれた。そういう意味で、料理記者としてよかったというわけですね。

<strong>岸</strong>〜それから安藤百福さんという人にはこういう話もあるのよ。お酒の缶の紐をひっぱるとお燗ができるとか、仙台の牡蠣めしのお弁当でアルミ箔をひっぱるとあったかくなるという技術がある。ラーメンもお湯がないと困るからってそういう商品を開発した。完成して宣伝カーまでつくったのに、「やけどをしてはいけないから」という百福さんの一言でやめた、というの。そういういいところもあるのね。
　ということもありまして、いま日本即席食品工業会の理事をやっています。もう五年ぐらいになるかな、そういうところの理事には有識者を入れないといけない。で、日本栄養士会の先生やお茶大や東大の先生なんかと一緒に私も有識者ということで理事をやっているんです。
　そういう意味で、さっきの添加物とかなんかの問題をクリアできたっていうのは、やっぱり世論のおかげなのよ。

<strong>雁屋</strong>〜それはそうですよね。言わなかったら、やらなかったでしょうからね。
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   <title>なぜ日本人はラーメンが好きなのか（その２）</title>
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   <published>2007-01-05T02:48:44Z</published>
   <updated>2007-01-05T02:58:12Z</updated>
   
   <summary>ラーメンの原形、支那そばとは 岸〜私のラーメンの思い出を話しましょうか。まずは、...</summary>
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      <![CDATA[<strong>ラーメンの原形、支那そばとは</strong>

<strong>岸</strong>〜私のラーメンの思い出を話しましょうか。まずは、支那そば。私の小学校は東京高等師範附属小学校、教育大の前身ね。あの頃、附属の子どもはみんな受験するから、六年生になると課外授業があった。それでおやつが十銭。お母さんたちがお当番でいろいろ用意してくれるんだけど、ときどき支那そばが出るの。

<strong>雁屋</strong>〜おやつに？

<strong>岸</strong>〜そう、おやつね。受験のための課外授業のときにね。昔の支那そばっていうのは支那ちくと、のの字のなると巻と、どういうわけか海苔なのね。

<strong>雁屋</strong>〜東京ラーメンはそうらしい。

<strong>岸</strong>〜江戸前の浅草海苔は入れるものだって。そして、チャーシュー。青いのはほうれん草で、ねぎがちょっと入って。

<strong>雁屋</strong>〜支那ちくも言っちゃいけないんですよね、メンマって。

<strong>岸</strong>〜メンマ。沖縄ではスンシーとか言うのね。

<strong>雁屋</strong>〜それがラーメンの原形、支那そばですね。

<strong>岸</strong>〜昭和十一年に女学校に入ったんだから、前の年、昭和十年。昔から屋台の日本そばはあったんだけど、支那そばはチャルメラでね。だけど、うちでは買ってくれないから、私は食べられなかった。

<strong>雁屋</strong>〜そうだ、昔はチャルメラを吹いて売りに来ましたよ。チャルメラって、実はオーボエと同じようにリードが二本ついてるの。吹くのはなかなか難しい。♪ヒャラリララ　ヒャラリララーって。

<strong>岸</strong>〜そのあとはずっと食べてなかったですね。戦後になって、主婦の友社に入ったら、すぐ近くに有名な中華そば屋さんがあって、そこでよく食べた。店の床下には甕にお金がいっぱい詰まってるんだという噂が流れるぐらい、繁盛してたわね。中国から引き揚げてきた日本人が始めたらしい。駿河台下のところに洋食屋があって、お昼にそこに入ったら、ラーメン屋のおじさんがナイフとフォークで食事をしていましたよ。
　主婦の友社にいた時代、昭和三十年代のラーメンはおそばにかんすいを使っていたわね。煮豚か焼豚か、チューシューがのっていて。戦前はほんとのチャーシューでしたよ、焼いてまわりが固いの。あれは中国の人がつくったんでしょうね。
　カップラーメンというのはスキー場で初めて食べて、わあ、あったかくていいな、と思った。昭和四十六年ぐらいですね。

<strong>雁屋</strong>〜僕はカップラーメンには恨みがある。僕は競輪が好きで、昔はよく花月園競輪に行ったんです。会社をさぼって、競輪新聞を尻ポケットに突っ込んで花月園に乗り込むと、僕もいっぱしの人間になったなあと思ったもんですよ。その花月園のスタンドの上にうどん屋があった。安いうどんですよ。まずかったけど、レースを見ながらそのうどんを食べるのが楽しみでね。それがあるときからカップ麺に変わったの。カップ麺というのは何がなんでもまずいね。それ以来、花月園での楽しみがなくなったんですよ。カップ麺というのはあれしか食べたことがないなあ。
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   <title>なぜ日本人はラーメンが好きなのか（その１）</title>
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   <published>2006-12-22T05:41:31Z</published>
   <updated>2007-01-05T02:58:36Z</updated>
   
   <summary>札幌ラーメンを紹介したのは花森安治 雁屋〜なぜ日本人はこんなにラーメンが好きなん...</summary>
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      <![CDATA[<strong>札幌ラーメンを紹介したのは花森安治</strong>

<strong>雁屋</strong>〜なぜ日本人はこんなにラーメンが好きなんでしょうかね。

<strong>岸</strong>〜もともとそばが好きだから。

<strong>雁屋</strong>〜でも、そばとラーメンを比べたら、そば屋よりラーメン屋の方がはるかに多いじゃないですか。

<strong>岸</strong>〜多いわよ。だって手軽で、脱サラして誰でもすぐにできちゃうんだもの。そば屋は、みんな失敗してるわよ。定年になって信州のどこかで開いてみてもお客が入らなかったり。「木鉢三年」という言葉があるように、木鉢でそばをこねるにも三年の修業がいるんですって。

<strong>雁屋</strong>〜そばは商売が難しいのか。それよりも、ラーメンに対して日本人の強い好みがあるんじゃないですか。

<strong>岸</strong>〜ラーメンに関しては日本人が動物性脂肪を摂るようになったのが大きいんじゃない？　昔は日本人は、油ものを食べられなかったのよ。だからさっぱり食べるために、五目焼きそばにお酢をかけて食べたでしょ。それから、五目そばといっていろいろのっているおそば、あれにもお酢を入れた。それがいまは平気ですものね。「ラーメン」という言葉が最初に出てきたのは、札幌ラーメンね。「暮しの手帖」の花森安治が取材をして書いた。「暮しの手帖」は昭和二十三年頃に、自分たちが背負って行って神田の本屋においてもらったというんだけど、インテリはけっこう読んでいた。それで、昭和三十年頃に北海道の「三平」という店に一週間ぐらい毎日来て、隅っこに座ってじいっと見ているおじさんがいたんですって。それが花森安治で、初めて札幌ラーメンを取り上げた。私たちが子どものときは支那そばだったの。屋台の支那そばで、支那竹とねり製品のなると。

<strong>雁屋</strong>〜そうですよ、支那そばとか中華そばっていってたんだ。

<strong>岸</strong>〜昭和三十年代に支那は使っちゃいけなくなって中華そばになった。私たちが昭和三十年に本をつくったときには、日本料理、西洋料理、中華料理だった。だけど、三十三、四年頃に、中華っていうのはあくまでも中華民国、台湾だということで中国料理と言うようになった。残っているのは中華鍋と中華そばだけよ。

<strong>雁屋</strong>〜へえーっ。本当！

<strong>岸</strong>〜だから、大変だったの。書名の『中華料理の基礎』を『中国料理の基礎』に変えたりね。

<strong>雁屋</strong>〜それは知らなかった。中華料理って言わないの？　僕は平気で漫画でも中華って書いてるなあ。

<strong>岸</strong>〜今でも「和・洋・華」なんていってるけどね。ＮＨＫは大変だったはずよ。札幌ラーメンに話をもどすと、「三平」はもともとは満州の機関士だった人が引き揚げてきて食べるのに困ったときに、向こうで食べていたラーメンを考えついたらしい。上にラードを流すのよ。そうすると汁が冷めにくい。

<strong>雁屋</strong>〜あれは最初からわざとラードを流したんですか。

<strong>岸</strong>〜札幌ラーメンはラード。それがバターになった「バターラーメン」というのもあるけど。そもそもラーメンってそういう成り立ちなのよ。
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   <title>こんなものがごちそうだった（その３）</title>
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   <published>2006-12-18T11:47:12Z</published>
   <updated>2006-12-18T12:01:53Z</updated>
   
   <summary>缶詰を開けるのは一大行事だった 雁屋〜今だと信じられないんだけど、その頃のごちそ...</summary>
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      <![CDATA[<strong>缶詰を開けるのは一大行事だった</strong>

<strong>雁屋</strong>〜今だと信じられないんだけど、その頃のごちそうの一つが、缶詰だった。お歳暮とかお中元には缶詰の詰め合わせを贈ってきた。とくにコンビーフ。

<strong>岸</strong>〜でも、戦前も戦中もコンビーフはごちそうだった。

<strong>雁屋</strong>〜そうなんですか。コンビーフはごちそうでしたね。それを薄切りにして食べる。あるいは、醤油で煮付けて食べる。焼いて食べる。これは大変なごちそうでしたね。それから、白いアスパラガスの缶詰。これを開けるときは、うちの親は僕たちを呼びましたね。「アスパラ、開けるよ」って。みんなウォーッてとんで行って。アスパラガスを一本ずつもらって、なんてうまいんだろうと思って食べた。これは戦後といってもかなり後なんですけど、高校ぐらいのときにみんなでキャンプに行くでしょう。そうすると、五、六日のキャンプに持っていく食べ物には缶詰がいいんですよね。

<strong>岸</strong>〜クジラの大和煮とか。

<strong>雁屋</strong>〜贅沢ですよ。ただね、赤貝の缶詰、あれだけはまずい。絶対よそうなって言って、缶詰を買う係のやつに「お前、赤貝の缶詰だけは入れるなよ」って言ったんです。ところがそいつは自分で買いに行かないで母親に頼んだため、お母さんが買ってきたのが全部赤貝の缶詰だった（笑）。そのときのキャンプは悲惨だった。また赤貝かって。それにしても僕らの頃は、なんで缶詰がごちそうだったんですかね。

<strong>岸</strong>〜今のようにいろんな生鮮食品が出回らなかったから。動物性蛋白質をちゃんとみんなが摂れるようになったのは昭和三十年代に冷蔵庫が普及してからでしょう。それまで海から遠い地方では干物が多くて、だから、東北地方は脳溢血が多かった。東北は、一人の塩分摂取量が一日二十五グラムあったというから。

<strong>雁屋</strong>〜亡くなった女流作家で「食塩健康法」なんて出した人がいたでしょう。とにかく、できるだけ食塩を摂りましょうって。講演してる最中に死んじゃった（笑）。それはともかくとして、マグロのフレークって覚えてませんか、缶詰の。

<strong>岸</strong>〜ツナ缶のこと？　今でもありますよ。

<strong>雁屋</strong>〜違う、味がついてるの。甘辛く醤油味がついてるの、それがごちそうでしたよ。あるいは日常的なおかずだった。あと、アミの佃煮。

<strong>岸</strong>〜アミの佃煮。あれはずいぶんあったわね。戦前、私が子どものときはアミはあまり食べなかったわねえ。佃煮はアサリとシジミ。それからお赤飯に必ずついてた切りいかの佃煮も大好物だったわね。
　
<strong>雁屋</strong>〜もともとアミって、クジラのエサでしょう。オキアミですもん。今、釣りのときにこませで撒く、あれを食べていた。

<strong>岸</strong>〜韓国はあれをキムチに入れるから。

<strong>雁屋</strong>〜浅草橋の鮒佐だと、今百グラム二千円ぐらいしますよ。僕は辛口だから、鮒佐とタマキ屋が好きだな。

<strong>岸</strong>〜私はどっちかというと甘いのが好きだから、海老屋。

<strong>雁屋</strong>〜僕は牛肉の佃煮なんかに砂糖を入れると逆上して怒るの、絶対だめだって。砂糖を入れていいものと悪いものがある。甘いものは徹底的に甘いのが好きなんだけど、料理の味付けに砂糖を入れられるとね。

<strong>岸</strong>〜でも、お砂糖とみりんを使うのがもともとの日本料理なのよ。フランス料理とかイタリア料理はお砂糖を使わないから、必ずデザートを食べる。だけど、関西はお砂糖を使わないのね、みりんを使う。重くなるから。

<strong>砂糖のおひねり、竹の子の皮に入れた梅干し</strong>

<strong>雁屋</strong>〜また、その砂糖ですけどね、戦後、白砂糖にはなかなかお目にかからなかった。よその家に遊びに行くでしょう。そうすると、お菓子なんかない頃だから、昔の汚い再生紙の灰色のちり紙にお砂糖をおさじで一杯とか二杯入れて、丸めてみんなに配ってくれた。それをもらって、広げて、指につけて、いつまでももたせるように大事に嘗める。それが僕たちの子どもの頃ですよ。漫画の「サザエさん」に出てきたけど、おひねりの中身が砂糖じゃなくてお菓子だった。もう一つ、竹の子の皮にーー。

<strong>岸</strong>〜梅干を入れてなめるの。

<strong>雁屋</strong>〜そうそう、梅干を入れて夜の間、枕の下において寝押しをするの。

<strong>岸</strong>〜へえー、それは初めて聞いた。スカートは寝押しをしたけど。

<strong>雁屋</strong>〜竹の子の皮に梅干を入れて、三角形になるよう、皮を内側に折りたたむ。それを枕の下で寝押しすると翌日、よおーくしみて、それをペチャペチャ吸うの。

<strong>岸</strong>〜それは私もやって子どもたちに食べさせたわよ、東京で。そういうのがおやつだったのよね。

<strong>雁屋</strong>〜おやつでしたよ。よその家に行ってお砂糖なんかを貰うと、あそこんちは盛りがいいとか悪いとか言ってね（笑）。昭和二十四、五年ですよ。角砂糖なんか大変なものだった。それから石焼き芋、僕らの子どもの頃は石焼き芋ってすごい高級品でね。一個五十円ぐらいした。黄金色の金時芋の石焼き芋を食いてえって思いましたよ。さんざん食わされたのは干し芋、乾燥芋。おやつっていうと乾燥芋だもん。

<strong>岸</strong>〜いまはおいしいのが出ていますよ。さつまいもを蒸かして縦に切って天日干し。

<strong>雁屋</strong>〜ピアノ線が何本が張ってあって、そこに芋を置いてシュッとやると均等に切れる。それを干すわけだ。雨の日には便所にまで干したんだから。それしかおやつがない。だから、どの干し芋がうまいか、見分ける目がついちゃってね。芋によって甘みがないのがあるんですよね。甘いのに当たると大喜びしたもんです。

<strong>岸</strong>〜いま、さつまいもを食べる量も減っちゃいましたからね。じゃがいもも減ったし。さつまいもは東南アジアから沖縄に入ってきた。誰かが持ってきたのよね。鹿児島に持ってきて全国に広めたのは青木昆陽でしょう。東京では薩摩から来たからさつまいもっていうけど、あのへんでは唐いもって言ってたんでしょう。さつまいもが沖縄に入ってきて、人口が倍になったっていうわね。ドイツではじゃがいもで人口が増えたって。イギリスのアイルランドも土地がなくて貧しかったけどじゃがいもで飢えをしのいだ。

<strong>雁屋</strong>〜じゃがいもととうもろこしがなかったら、世界中、こんなに豊かにならなかったでしょうね。
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