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記憶に残る食べ物

塾長雁屋哲と、料理記者歴50年の岸朝子が、思わず口元がゆるむ「うまい」話から、『美味しんぼ』の知られざるエピソード、昨今のグルメブームへの警鐘まで語り合った「美味しんぼ食談」。その第1回目は、まずは今まで食べた中で一番おいしかったものの話から、始まり、始まり・・・・・・

記憶に残る食べ物(1)

雁屋−岸さんとはずいぶん長いおつきあいですけども、こうやって面と向かって対談するのは初めてですね。

−そうですね。

雁屋−いままでさんざんおいしいもの、珍しいものを食べてこられたと思うので、まずは「一番おいしかった食べ物」の話から始めましょうか。
昔にさかのぼってだともうキリがないから、最近食べたものでなにかありますか。

−一番最近いただいて、わっと思ったのは、ハモしゃぶね。瀬戸内海に面した尾道でいただいたんです。
ハモって、一寸に三十三とか言って、チョンチョンチョンと包丁目を入れて切り落としたあと、さっと熱湯をくぐらせて水にとって、梅ビシュ?で食べることが多いでしょ。
それから片栗粉をはたいてボタンハモといって椀種にしたりね。このあいだいただいたのは、包丁を入れてあるだけのハモをお鍋に盛りつけて、あとお野菜とかを取り合わせて、昆布だしでしゃぶっとやって食べるの。
初めていただきましたけど、おいしゅうございました。

雁屋−かなり召し上がりましたか。

−そうですね。かなりといってもそればっかりじゃなくて、コースの中の椀がわりに出てきたんですけどね。

雁屋−僕は先週、桑名ではまぐりを食べましたよ。

−桑名の焼きはまぐりね。

雁屋−そう、桑名の殿様はしぐれで茶づけ。最初、桑名のはまぐりなんて、いわゆる名物にうまいものなし、という感じで、半分期待して、半分期待しないで出かけたんです。
ところがすごくおいしかったんですよね。いま国内産のはまぐりがとれるといっても、日本原種のはまぐりはいなくなっちゃったでしょう。中国原種、韓国原種、あるいは中国、韓国からの輸入ものばっかりですよね。ところが桑名のあたりは川が三本流れ込んでいて、淡水と海水が混ざりあった汽水域ができているんですね。そこで育ったはまぐりだからすごくおいしいの。もう、まんまるなんですよ。ふっくらとしてるんだけど、殻自体の厚さはない。ふっくらしてるのが全部身のふっくらなの。

−いいですね、そういうはまぐり。ここんところ見たことない。

雁屋−はまぐり鍋をしたんですけどね。鍋の中にまずかつおぶしと昆布と何かでだしをとる。そのだしは透き通っているわけです。そこに生のはまぐりを入れる。はまぐりが煮えるとポンと開く。それを食べるんだけど、まんまるで、口に入れると滑らかでやわらかくて、噛むと中からおいしいおつゆがピュッと飛び出すの。ひとりで二十数個食っちゃった。

−わっ、すごい!

雁屋−はまぐりってこんなおいしいものかと思いましたね。そのあとの焼きはまぐりもおいしいし、最後に雑炊をつくるんですよ。そうすると、はまぐり自体から塩味がでて。

−そうそう、結構だしが強いのね。

雁屋−いやみが何もない。僕は生まれて初めてこんなおいしいはまぐりを食べたと思った。それまでは、ふぐが雑炊の中で一番うまいと思ってたけど、はまぐりの雑炊もそれに匹敵しますね。塩も入れないんですよ。はまぐりから出てきた塩味がちゃんとついている。まさに目からウロコが落ちましたね。

−それこそ、日本の海の豊かさじゃない。
 
雁屋−そうですよね。

−去年の話ですけど、私は宍道湖で、それこそ水の味がするしらうおに感激しましたね。

雁屋−「宍道湖七珍」とかいうんでしょう。あそこも汽水域だからおいしいですよね。

−宍道湖も一時、中海を干拓する計画があったようだけど、漁師たちがやめさせたみたいね。
 
雁屋−僕は頼まれて会議に行きました。そんなことをするのはとんでもないって。マンガにも書きました。あそこは止めさせるのに成功したんだけど、長良川の河口堰はつくられちゃった。

−しゃぶしゃぶといえば、稚内で食べた「たこのしゃぶしゃぶ」。

雁屋−たこのしゃぶしゃぶ?

−銀座なんかでも看板が出てるところがあるけど、そこは真だこじゃなくて、水だこ。脚がこんな長いの。豪快でしたね。

雁屋−硬くないんですか。

−いえいえ。たまねぎとか、レタスなどの青い野菜を大きくちぎってじゃんじゃん入れて、それが煮立ったところでしゃぶしゃぶするの。手でしゃぶしゃぶするのが、本当のしゃぶしゃぶよね。

雁屋−たこの脚の部分を薄切りしてあるんですか。

−そう。だから、白くて生で。ふにゃふにゃしてるけど、おいしかったですよ。

雁屋−それは食べたことないなあ。

−普通東京でしゃぶしゃぶというと、先にしゃぶしゃぶしてから、そのだしで野菜を食べるんだけど、そうじゃないのね。

雁屋−先に野菜を入れちゃうんですか。

−そう。春菊とか、そういうのはべちゃべちゃになるから後から入れますけどね。そうした素材の味をいただく料理はおいしいですよね。

雁屋−僕はこのあいだポーランドに行ったんですが、ピエロギという餃子があるんですよ。ロシアの餃子、ピロシキとはまた全然違って、ほんとに餃子そのもの。日本の餃子はふっくらしてるでしょう。ポーランドのピエロギは平べったいんですよ。でも、あくまでも餃子。中身がマッシュルームとザワクラウトの刻んだのを入れて。

−ザワクラウトっていうのがいいわね。

雁屋−マッシュルームとザワクラウトを入れたピエロギがクリスマスの食べものだそうです。僕はポーランド人に非常に親しみを抱いちゃった。ショパンもこれを食べたかと思って。

−ショパンの曲が響いてきたんじゃない?

雁屋−餃子とショパンは意外な結びつきでしょう。ただ、ニンニクは使ってない。焼き餃子、茹で餃子、揚げ餃子があるように、焼き、茹で、揚げの三種類があって、ドゥミグラソースみたいなのをちょっとかけるのもあるし、たれっぽいのをかけるのもあって、いろんな食ベ方がある。僕が食べたのは、茹でたピエロギに刻みパセリを上にパッとかけて、その上にバターを乗せる。バターとパセリだけで茹で餃子を食べるんです。これはまさに、ふい打ちのおいしさでした。 


…次回に続く

記憶に残る食べ物(2)

雁屋−おいしいまずい、というのとは別の次元で、「思い出に残っている食べ物」というのがありますよね。何かありませんか?

−そうね。私は子どものとき、父が牡蠣屋だったから、剥き子さんたちが焚き火をしてるところで牡蠣を焼いてもらったりとか、やっぱり一番たくさんいただいたのは牡蠣ですよね。
週刊誌とか雑誌で「二十世紀終りにしたい晩餐は何ですか」という取材があったときは、一応かっこよく、「母がつくってくれた新じゃがとグリーンピースと鶏肉のさっと煮。それから風邪が治って食べさせてもらったおかゆと梅干」なんて言いましたけどね。一つだけ、「あっ、また食べたい」とときどき思うのが、なれ(鮒)寿司の茶漬け。あなたも知ってる店、「カンザシ九」。

雁屋−ああ、九さんとこ。九さん元気?

−元気、元気。一人でまだ頑固にやってる。最初は花がついたのね、「花かんざし九」だったのに、どんどん上がとれて、ただの九になっちゃった。場所は先斗町の歌舞練修所の入り口のところね。私は昭和二十年代に、初めてなれ寿司というのをいただいたとき、食べ方はわからないし、お酒もその頃はあまり飲んでなかったから、高価だったと思うんだけど、捨てちゃったの。

雁屋−捨てちゃったの?

−だって、わからないんだもの。みんな、くさいくさいって言うから。それで捨てちゃったんだけど、後日、料理記者になっていろんなところで食べたりして、いい悪いの区別がつくようになった。あるとき、タクシーの運転手さんが「京都の人はなれ寿司を茶漬けにするんです」って言うのよ。「私、まだ食べたことないな」って言ったら「うまい、うまいって言ってますよ」。その話が頭にあったのね。で、「料理の鉄人」のときに、ニューヨークのノブから来た森本マサハルさんが、鮒寿司メシっていうのかなあ、ごはんを炊き上がったところに、鮒寿司を乗せて蒸らしてほぐした。これがおいしかったんですよ。「そうか、茶漬けっていうのも同じかな」と思って、そのあと京都に行ったときに食べたの。おいしかった。

雁屋−うん、おいしいね。

−ただし、一匹が一万円以上。四年物じゃなきゃだめなんだって。ブラックバスとかブルーギルとか外来の魚が食べちゃうから、絶対量も少ないみたいね。

雁屋−僕は鮒寿司の取材に行ったことがあるのね。鮒寿司って二通りあるでしょう。べっちょり濡れた感じのやつと、硬いからっとしたのと。そのときにお茶漬けにするとうまいですよっていわれたんです。さっそく取材に行ったさきの家に上げてもらって、食卓で食べさせていただいた。鮒寿司は、ごはんを外して食べるでしょう。そのごはんを鮒寿司の上にのっけて、それからお茶漬けにする。すっぱいごはんがお茶漬けにとけて、これがまずおいしいの。それで僕は鮒寿司のお茶漬けってうまいもんだなと思いましたね。

−日本の発酵文化よね、旨味が出る。

雁屋−あれ、嫌いな人はだめみたいですね。

−でしょうね。クサヤみたいな感じがあるからね。

雁屋−クサヤほどじゃないと思うけど。クサヤはなんか特殊な臭いがする。そんな臭いはしないけど、チーズに似てますよね。

−私は取材に行った帰り、わざわざ京都で降りて、それだけ食べに行ったわけよ。そうしたら、イタリアのコモ湖から来た人と隣りあったのね。私が食べてたら、「何を食べているんですか」って聞くから、「鮒寿司のお茶漬け」って答えたら、「おいしいか、どんな味か」って言うから、「ゴルゴンゾラの味だ」って言ったの。次に行ったときに「あの外人さん、どうした?」って聞いたら、喜んで食べていったよって。

雁屋−鮒寿司っていうのは、好き嫌いがすごく激しいんだけど、このあいだ、「京味」の西さんが鮒寿司の海苔巻をつくってくれたの。鮒寿司のたまごの部分だけを小さく鉄火巻ぐらいに細く巻いてね。中にたくさんたまごが入ってる。これはおいしかった。

−贅沢だわ。

雁屋−口に入れたとたんに香りがほあんと来て。

−口の中はシャラシャラっとして、たまごの味で。

雁屋−こんなうまいもの、あるのかと思った。

−このあいだ、魚トラ楼という、琵琶湖のそばの旅館のおかみさんが女子栄養大学の卒業生だというので訪ねて行ったんですよ。そうしたらそこでつくったという鮒寿司もおいしかった。みんな、ごはん粒まで残さず食べてました。

雁屋−そうですよね、あのごはん粒がおいしいんだもん。

−ごはんつぶを肴にしてお酒を飲んでもおいしいのよ。お酒をちょっと入れといてね。ごはん粒だけでお酒が飲めちゃう。

雁屋−あれをすくいながらお酒をちょびちょびいけるんですよね。ひと切れだけでもうまいですけどね。

−芸術品だわね。でも、「鮒寿司のお茶漬け」は思い出に残るというよりは、ふと食べてみたくなる味ですね。

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イラスト/花咲アキラ(「美味しんぼ」より)
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