記憶に残る食べ物(1)
雁屋−岸さんとはずいぶん長いおつきあいですけども、こうやって面と向かって対談するのは初めてですね。
岸−そうですね。
雁屋−いままでさんざんおいしいもの、珍しいものを食べてこられたと思うので、まずは「一番おいしかった食べ物」の話から始めましょうか。
昔にさかのぼってだともうキリがないから、最近食べたものでなにかありますか。
岸−一番最近いただいて、わっと思ったのは、ハモしゃぶね。瀬戸内海に面した尾道でいただいたんです。
ハモって、一寸に三十三とか言って、チョンチョンチョンと包丁目を入れて切り落としたあと、さっと熱湯をくぐらせて水にとって、梅ビシュ?で食べることが多いでしょ。
それから片栗粉をはたいてボタンハモといって椀種にしたりね。このあいだいただいたのは、包丁を入れてあるだけのハモをお鍋に盛りつけて、あとお野菜とかを取り合わせて、昆布だしでしゃぶっとやって食べるの。
初めていただきましたけど、おいしゅうございました。
雁屋−かなり召し上がりましたか。
岸−そうですね。かなりといってもそればっかりじゃなくて、コースの中の椀がわりに出てきたんですけどね。
雁屋−僕は先週、桑名ではまぐりを食べましたよ。
岸−桑名の焼きはまぐりね。
雁屋−そう、桑名の殿様はしぐれで茶づけ。最初、桑名のはまぐりなんて、いわゆる名物にうまいものなし、という感じで、半分期待して、半分期待しないで出かけたんです。
ところがすごくおいしかったんですよね。いま国内産のはまぐりがとれるといっても、日本原種のはまぐりはいなくなっちゃったでしょう。中国原種、韓国原種、あるいは中国、韓国からの輸入ものばっかりですよね。ところが桑名のあたりは川が三本流れ込んでいて、淡水と海水が混ざりあった汽水域ができているんですね。そこで育ったはまぐりだからすごくおいしいの。もう、まんまるなんですよ。ふっくらとしてるんだけど、殻自体の厚さはない。ふっくらしてるのが全部身のふっくらなの。
岸−いいですね、そういうはまぐり。ここんところ見たことない。
雁屋−はまぐり鍋をしたんですけどね。鍋の中にまずかつおぶしと昆布と何かでだしをとる。そのだしは透き通っているわけです。そこに生のはまぐりを入れる。はまぐりが煮えるとポンと開く。それを食べるんだけど、まんまるで、口に入れると滑らかでやわらかくて、噛むと中からおいしいおつゆがピュッと飛び出すの。ひとりで二十数個食っちゃった。
岸−わっ、すごい!
雁屋−はまぐりってこんなおいしいものかと思いましたね。そのあとの焼きはまぐりもおいしいし、最後に雑炊をつくるんですよ。そうすると、はまぐり自体から塩味がでて。
岸−そうそう、結構だしが強いのね。
雁屋−いやみが何もない。僕は生まれて初めてこんなおいしいはまぐりを食べたと思った。それまでは、ふぐが雑炊の中で一番うまいと思ってたけど、はまぐりの雑炊もそれに匹敵しますね。塩も入れないんですよ。はまぐりから出てきた塩味がちゃんとついている。まさに目からウロコが落ちましたね。
岸−それこそ、日本の海の豊かさじゃない。
雁屋−そうですよね。
岸−去年の話ですけど、私は宍道湖で、それこそ水の味がするしらうおに感激しましたね。
雁屋−「宍道湖七珍」とかいうんでしょう。あそこも汽水域だからおいしいですよね。
岸−宍道湖も一時、中海を干拓する計画があったようだけど、漁師たちがやめさせたみたいね。
雁屋−僕は頼まれて会議に行きました。そんなことをするのはとんでもないって。マンガにも書きました。あそこは止めさせるのに成功したんだけど、長良川の河口堰はつくられちゃった。
岸−しゃぶしゃぶといえば、稚内で食べた「たこのしゃぶしゃぶ」。
雁屋−たこのしゃぶしゃぶ?
岸−銀座なんかでも看板が出てるところがあるけど、そこは真だこじゃなくて、水だこ。脚がこんな長いの。豪快でしたね。
雁屋−硬くないんですか。
岸−いえいえ。たまねぎとか、レタスなどの青い野菜を大きくちぎってじゃんじゃん入れて、それが煮立ったところでしゃぶしゃぶするの。手でしゃぶしゃぶするのが、本当のしゃぶしゃぶよね。
雁屋−たこの脚の部分を薄切りしてあるんですか。
岸−そう。だから、白くて生で。ふにゃふにゃしてるけど、おいしかったですよ。
雁屋−それは食べたことないなあ。
岸−普通東京でしゃぶしゃぶというと、先にしゃぶしゃぶしてから、そのだしで野菜を食べるんだけど、そうじゃないのね。
雁屋−先に野菜を入れちゃうんですか。
岸−そう。春菊とか、そういうのはべちゃべちゃになるから後から入れますけどね。そうした素材の味をいただく料理はおいしいですよね。
雁屋−僕はこのあいだポーランドに行ったんですが、ピエロギという餃子があるんですよ。ロシアの餃子、ピロシキとはまた全然違って、ほんとに餃子そのもの。日本の餃子はふっくらしてるでしょう。ポーランドのピエロギは平べったいんですよ。でも、あくまでも餃子。中身がマッシュルームとザワクラウトの刻んだのを入れて。
岸−ザワクラウトっていうのがいいわね。
雁屋−マッシュルームとザワクラウトを入れたピエロギがクリスマスの食べものだそうです。僕はポーランド人に非常に親しみを抱いちゃった。ショパンもこれを食べたかと思って。
岸−ショパンの曲が響いてきたんじゃない?
雁屋−餃子とショパンは意外な結びつきでしょう。ただ、ニンニクは使ってない。焼き餃子、茹で餃子、揚げ餃子があるように、焼き、茹で、揚げの三種類があって、ドゥミグラソースみたいなのをちょっとかけるのもあるし、たれっぽいのをかけるのもあって、いろんな食ベ方がある。僕が食べたのは、茹でたピエロギに刻みパセリを上にパッとかけて、その上にバターを乗せる。バターとパセリだけで茹で餃子を食べるんです。これはまさに、ふい打ちのおいしさでした。
…次回に続く
