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なぜ日本人はこんなにラーメンが好きなのか

なぜ日本人はラーメンが好きなのか(その1)

札幌ラーメンを紹介したのは花森安治

雁屋〜なぜ日本人はこんなにラーメンが好きなんでしょうかね。

〜もともとそばが好きだから。

雁屋〜でも、そばとラーメンを比べたら、そば屋よりラーメン屋の方がはるかに多いじゃないですか。

〜多いわよ。だって手軽で、脱サラして誰でもすぐにできちゃうんだもの。そば屋は、みんな失敗してるわよ。定年になって信州のどこかで開いてみてもお客が入らなかったり。「木鉢三年」という言葉があるように、木鉢でそばをこねるにも三年の修業がいるんですって。

雁屋〜そばは商売が難しいのか。それよりも、ラーメンに対して日本人の強い好みがあるんじゃないですか。

〜ラーメンに関しては日本人が動物性脂肪を摂るようになったのが大きいんじゃない? 昔は日本人は、油ものを食べられなかったのよ。だからさっぱり食べるために、五目焼きそばにお酢をかけて食べたでしょ。それから、五目そばといっていろいろのっているおそば、あれにもお酢を入れた。それがいまは平気ですものね。「ラーメン」という言葉が最初に出てきたのは、札幌ラーメンね。「暮しの手帖」の花森安治が取材をして書いた。「暮しの手帖」は昭和二十三年頃に、自分たちが背負って行って神田の本屋においてもらったというんだけど、インテリはけっこう読んでいた。それで、昭和三十年頃に北海道の「三平」という店に一週間ぐらい毎日来て、隅っこに座ってじいっと見ているおじさんがいたんですって。それが花森安治で、初めて札幌ラーメンを取り上げた。私たちが子どものときは支那そばだったの。屋台の支那そばで、支那竹とねり製品のなると。

雁屋〜そうですよ、支那そばとか中華そばっていってたんだ。

〜昭和三十年代に支那は使っちゃいけなくなって中華そばになった。私たちが昭和三十年に本をつくったときには、日本料理、西洋料理、中華料理だった。だけど、三十三、四年頃に、中華っていうのはあくまでも中華民国、台湾だということで中国料理と言うようになった。残っているのは中華鍋と中華そばだけよ。

雁屋〜へえーっ。本当!

〜だから、大変だったの。書名の『中華料理の基礎』を『中国料理の基礎』に変えたりね。

雁屋〜それは知らなかった。中華料理って言わないの? 僕は平気で漫画でも中華って書いてるなあ。

〜今でも「和・洋・華」なんていってるけどね。NHKは大変だったはずよ。札幌ラーメンに話をもどすと、「三平」はもともとは満州の機関士だった人が引き揚げてきて食べるのに困ったときに、向こうで食べていたラーメンを考えついたらしい。上にラードを流すのよ。そうすると汁が冷めにくい。

雁屋〜あれは最初からわざとラードを流したんですか。

〜札幌ラーメンはラード。それがバターになった「バターラーメン」というのもあるけど。そもそもラーメンってそういう成り立ちなのよ。

なぜ日本人はラーメンが好きなのか(その2)

ラーメンの原形、支那そばとは

〜私のラーメンの思い出を話しましょうか。まずは、支那そば。私の小学校は東京高等師範附属小学校、教育大の前身ね。あの頃、附属の子どもはみんな受験するから、六年生になると課外授業があった。それでおやつが十銭。お母さんたちがお当番でいろいろ用意してくれるんだけど、ときどき支那そばが出るの。

雁屋〜おやつに?

〜そう、おやつね。受験のための課外授業のときにね。昔の支那そばっていうのは支那ちくと、のの字のなると巻と、どういうわけか海苔なのね。

雁屋〜東京ラーメンはそうらしい。

〜江戸前の浅草海苔は入れるものだって。そして、チャーシュー。青いのはほうれん草で、ねぎがちょっと入って。

雁屋〜支那ちくも言っちゃいけないんですよね、メンマって。

〜メンマ。沖縄ではスンシーとか言うのね。

雁屋〜それがラーメンの原形、支那そばですね。

〜昭和十一年に女学校に入ったんだから、前の年、昭和十年。昔から屋台の日本そばはあったんだけど、支那そばはチャルメラでね。だけど、うちでは買ってくれないから、私は食べられなかった。

雁屋〜そうだ、昔はチャルメラを吹いて売りに来ましたよ。チャルメラって、実はオーボエと同じようにリードが二本ついてるの。吹くのはなかなか難しい。♪ヒャラリララ ヒャラリララーって。

〜そのあとはずっと食べてなかったですね。戦後になって、主婦の友社に入ったら、すぐ近くに有名な中華そば屋さんがあって、そこでよく食べた。店の床下には甕にお金がいっぱい詰まってるんだという噂が流れるぐらい、繁盛してたわね。中国から引き揚げてきた日本人が始めたらしい。駿河台下のところに洋食屋があって、お昼にそこに入ったら、ラーメン屋のおじさんがナイフとフォークで食事をしていましたよ。
 主婦の友社にいた時代、昭和三十年代のラーメンはおそばにかんすいを使っていたわね。煮豚か焼豚か、チューシューがのっていて。戦前はほんとのチャーシューでしたよ、焼いてまわりが固いの。あれは中国の人がつくったんでしょうね。
 カップラーメンというのはスキー場で初めて食べて、わあ、あったかくていいな、と思った。昭和四十六年ぐらいですね。

雁屋〜僕はカップラーメンには恨みがある。僕は競輪が好きで、昔はよく花月園競輪に行ったんです。会社をさぼって、競輪新聞を尻ポケットに突っ込んで花月園に乗り込むと、僕もいっぱしの人間になったなあと思ったもんですよ。その花月園のスタンドの上にうどん屋があった。安いうどんですよ。まずかったけど、レースを見ながらそのうどんを食べるのが楽しみでね。それがあるときからカップ麺に変わったの。カップ麺というのは何がなんでもまずいね。それ以来、花月園での楽しみがなくなったんですよ。カップ麺というのはあれしか食べたことがないなあ。

なぜ日本人はラーメンが好きなのか(その3)

カップ麺に問題はないのか

〜インスタントラーメンができたのが昭和三十三年で、日清チキンラーメンが最初。カップラーメンができたのが四十六年。四十七年の浅間山荘事件で過激派が一か月ぐらい山中に籠っていたんだけど、カップラーメンばっかり食べていたというのね。それで、ビタミンB1欠乏症になった。ネズミの実験で、ビタミンB1欠乏になるとすごく獰猛になって噛み殺すのね。当時、私は原稿に書きましたよ。

雁屋〜じゃあ、あれは食い物が悪かったから仲間内で殺し合いをしたんだ。

〜昭和三十三年、主婦の友社にいた若い子が、私の上司と一緒にインスタントラーメンの発表会に行った。そうしたら「これは非常に栄養のある栄養食品です」と日清の安藤百福さんが言ったというのね。だけど、帰ってきてから「栄養があるとあの人は言ってたけど、そうじゃないわよ。カロリーがあるって言わなきゃいけなかったのよ」って。それはいい言葉だと思った。おなかがすいてサツマイモの茎でも食べたような時代には、エネルギー源としてあれがよかったわけよね。
 それが四十六年にカップラーメンになって、そのまま食べられるから楽だということになった。だけど卵が入っているといっても、主婦連で調べたら、あれは一グラムのドライ卵。若い子たちがカップラーメンとコーラを飲んで運動をしているから軽い脚気状態で担ぎ込まれるということもあったんです。そういうのをあの頃『栄養と料理』にじゃんじゃん書きました。それと、油の酸化の問題。また、悪くならないのは保存料の添加がある、というような批判をしたのね。
 ところが私が昭和五十四年に「エディターズ」という会社をつくって十年ぐらいしてから、たまたま博報堂の人が、どうしても栄養士たちと手を結びたいと言って私のところにカップラーメンの依頼をしてきた。それで改めて取材してみたら、そうした問題はほとんどクリアしてあったわね。
 だから、あなたが漫画で批判したら、醤油メーカーが追っかけで丸大豆を使うようになったというのと同じね。私が編集者をしていてよかったなと思ったのはそういう時。

雁屋〜料理記者としてカップ麺の批判をしたら、ちゃんと業界が応えてくれた。そういう意味で、料理記者としてよかったというわけですね。

〜それから安藤百福さんという人にはこういう話もあるのよ。お酒の缶の紐をひっぱるとお燗ができるとか、仙台の牡蠣めしのお弁当でアルミ箔をひっぱるとあったかくなるという技術がある。ラーメンもお湯がないと困るからってそういう商品を開発した。完成して宣伝カーまでつくったのに、「やけどをしてはいけないから」という百福さんの一言でやめた、というの。そういういいところもあるのね。
 ということもありまして、いま日本即席食品工業会の理事をやっています。もう五年ぐらいになるかな、そういうところの理事には有識者を入れないといけない。で、日本栄養士会の先生やお茶大や東大の先生なんかと一緒に私も有識者ということで理事をやっているんです。
 そういう意味で、さっきの添加物とかなんかの問題をクリアできたっていうのは、やっぱり世論のおかげなのよ。

雁屋〜それはそうですよね。言わなかったら、やらなかったでしょうからね。

なぜ日本人はラーメンが好きなのか(その4)

世界に広がるインスタントラーメン

〜いま私は「インスタントラーメン食べてもいいよ。だけど、そればっかり食べてると栄養失調になっちゃうよ」という言い方をしている。いくらビタミンB1が添加してある、カルシウムが添加してあるといっても、あくまでも炭水化物、エネルギー源として食べるべき。しっかりほかの食品も食べましょう、ということを言っています。
 まもなくソウルで世界インスタントラーメン大会が開かれるんだけど、いまインスタントラーメンの生産量は世界中で八百五十六億食ある。消費量が一番多いのは中国、その次がインドネシア。

雁屋〜インドネシア?

〜インドネシアって島が多いじゃない。保存できるカロリー源ですから。保存食といっても、この頃、賞味期限ですぐ捨てちゃうけど、カビがはえないのは水分がないから。だから、そうめんなんかでもいつまでもとっておける。そうめんはある程度置いておいた方がおいしくなるっていうのは油が抜けるから。そういう知識がなくて、なんでもかんでも捨てちゃう、というのは間違い。

雁屋〜しかしねえ、インスタントラーメンとコーラと、そんなのばかり食ってるんじゃ体に悪いもんなあ。

〜ベトナム戦争だって、チキンラーメンとゴム草履で勝ったといわれてるのよ。

雁屋〜ゴム草履は知ってたけど、チキンラーメンは知らなかった。

〜チキンラーメンをパチパチ砕きながら食べていたんだって。だけど、あれはあくまでもエネルギーを満たすものであって、食事ではない。

雁屋〜学生の頃は食べましたよ、僕も。受験のときも。

〜うちの孫も受験のとき、すごくふとっちゃってね。「午後の紅茶」と「チキンラーメン」を二カップずつ食べてて。

ラーメン・ブームの火付け役は誰か

〜ただね、日本の主婦がラーメンという食べ物があると知ったのは、インスタントラーメンのおかげなのよ。私たちの年代、おばさんたちは誰もラーメンを知らなかったの。

雁屋〜インスタントラーメンのおかげですか。

〜そうですよ。ラーメンという言葉はインスタントラーメンから生まれたの。

雁屋〜あれまあ。

〜札幌ラーメンというのはありましたけどね。それは『暮しの手帖』の読者ぐらいで、一般には「ラーメン」という言葉は使われてなかった。
雁屋〜そうしたら、インスタントラーメンからラーメンという言葉が定着して、こんなにラーメン屋がさかんになったわけだ。インスタントラーメンがなかったら、いまのラーメンブームはなかったのか。チキンラーメンがそもそも始めなんだ。驚いたなあ。

〜そうなの。それで安藤百福さんがチキンラーメンをなぜ考えたかといったら、みんながお腹をすかして雑炊屋に並ぶような時代に、お腹を満たせば世の中平和になるって。それはたしかよ、食べものがなくなれば戦争になりますよ。

雁屋〜アメリカはあんなに飽食の時代なのにひとの国に戦争しに行くじゃない? しかしいまのは面白い話だなあ。

〜ラーメンを食べたことがなかった人たちがラーメンという言葉を知って、ラーメン屋にも入るようになった。私は編集者だったし、中国のまねをしたラーメン屋があったから行きましたけど。主婦の友社時代には子どもたちをバレエとかオペラなんかに連れていくときに、そのラーメン屋でラーメンを頼むと、席がなくて外で食べたくらい。ラーメン屋そのものが珍しかった。いまはバス停一つに五軒ぐらいあるけどね。

雁屋〜じつは、ラーメンをきちんと自分たちのホームページでやろうとしてるんですけど、これほど議論百出の食べ物はない。好き嫌いがこれだけある食べ物もない。それなのにラーメンという一つの領域、一つの決まった世界ができちゃっている。日本人はラーメンというものだけは、とにかく好きなんですよね。

〜私は昭和四十六年に初めてアメリカに行ったんですよ。「キッコーマンの奥様大学」という企画に同行したのね。カップ麺ができて間もない頃で、「カップヌードル」といってみんなが食べていた。私が『栄養と料理』の誌面で「あるのは炭水化物だけで、ビタミンがない」とさんざん書いているときに、アメリカに行ったら、ヘルシー食品だってOLが食べている。それで帰国して香川綾学長に「先生、向こうではヘルシー食としてインスタントラーメンを食べてるんですよ」と言ったら、「それはそうでしょう。あんなに動物性脂肪を食べている国の人たちが一食でもヌードルを食べれば、それだけ健康にいいはずだ」って。それだけものの考え方が違っていたわね。

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イラスト/花咲アキラ(「美味しんぼ」より)
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